アンモナイト博士と一緒に東京で化石探し! ~入門編~

皆様、こんにちは。科学コミュニケーターの中野夏海です。クラゲと海をこよなく愛しております。今回は、わたしの大好きな海の生き物に関する話題です。

20233月某日、わたしは新幹線のチケットを片手に、東京駅に繋がる地下道を急いでいました。時間に余裕をもって家を出てきたはずなのに、気づけば予約した新幹線が出発する時間まであとわずか。こんなに時間がなくなってしまったのは、ある不思議なものを見つけ、目が離せなくなっていたからです。

その時にわたしが撮影した写真がこちら。

都内のビル(丸の内オアゾ)の壁で見つけた、「謎のぐるぐる」。

この「ぐるぐる」は握りこぶしくらいの大きさで、飲食店などのテナントが入る商業ビルの、石材でできた壁にありました。さらに、新幹線に乗って向かった先の仙台の百貨店の床でも、同様のぐるぐるを発見! いったい、これは何なのでしょう?

謎に立ち向かうべく、東京に戻ってすぐ、「不明渦巻模様特設対策本部」、略して「渦模対(うずもたい)」を未来館内に発足。メンバーは、ぐるぐるの発見者である中野と、街で奇妙なものを探すのが趣味という花井の2名です。

早速、渦模対のメンバー2名で、このぐるぐるは何なのか白熱した議論をかわしました。壁の柄? 何かすごく変わった石? 誰かの落書き? 神様のいたずら?

謎のぐるぐるについて議論する渦模対のメンバー、中野。

そもそも自然物なのか人工物なのかどうかもわかりません。木目が顔に見えてしまうように、目の錯覚という可能性も出てきました。

だめだ、もう、わからない……。暗礁に乗り上げたかのように思えたその時、渦模対のメンバー花井が何かに気づきました。

「後ろのポスターに、よく似たぐるぐるが描いてありませんか?」

偶然背後にあったポスター。謎のぐるぐると似た図が描いてあります。
ポスターは「地質の日」のものでした。もしかしたら、ぐるぐるは「地質」と関係が……?(このブログは脚色を加えています。実際にこのマークが何だったのかについては、ブログの最後をご覧ください!)

この「地質」という分野の研究所に行けば、何かわかるかもしれません。我々は、検索エンジンに【地質 研究所 東京】と打ち込み、ヒットした研究所に取材のアポイントを取りました。

地質研究所に行ってみた!

今回我々が訪問したのは、東京都文京区にある、公益財団法人深田地質研究所

深田地質研究所の外観。閑静な住宅街の中にあります。(イベント時を除き一般公開はしていません。)

深田地質研究所のホームページはこちら(外部リンクです)

https://fukadaken.or.jp/

謎のぐるぐるについて調べていると伝えたところ、ぐるぐるの正体に詳しいという相場大佑先生をご紹介いただきました。

相場先生のプロフィール。

―今日はよろしくお願いいたします。早速なのですが、このぐるぐる、なんだかわかりますか?

相場:よろしくお願いします。これはアンモナイトの化石ですね。

謎のぐるぐるについてアンモナイトの化石と即答する相場大佑先生(右)。

―えっ、化石!? アンモナイト!?

相場:はい、確実にそうだと言える特徴があり、間違いないです。

―アンモナイトって、よく博物館の化石コーナーに展示されていますよね? それがなんで街なかに??

相場:このアンモナイトを含む石材は、おそらく大理石です。太古の海で、炭酸カルシウムという物質をふくむ生き物の死骸(硬い殻など)が海底に積もり、少しずつたまっていきます。その中にアンモナイトの死骸も含まれることがあります。海底にたまった死骸が時間をかけて固まり、さらに地下の熱などの影響によって変化したものが大理石です。そして、海底だった場所が大地の活動によって陸地になる場合があります。大理石は丈夫なうえに模様が美しいので、人間が山などから採石して建物の床や壁に使っている、というわけなのです。

―なるほど。大理石に化石が含まれる理由はよくわかりました。ただ、これは、普通に丸の内の地下の壁にあったものです。こんなところに本物の化石があるんですか? 化石を模したデザイン、などではないのでしょうか?

相場:本物の化石で間違いないと思いますが、現場に行って確認してみましょうか。

―なんと! 現地へ一緒に行ってくださるのですか!

相場:直接見たら、この化石についてもっと色々なことがわかるかもしれないですしね。地学系の研究では、岩や地層などを実際に見に行くことを「巡検(じゅんけん)」といいます。今回の目的地は都心のビルではありますが、立派な巡検といっていいでしょう。

気さくな相場先生の素敵なご提案に、渦模対のメンバーは感激しきり。かるい足どりで巡検に出発です!

そもそも「アンモナイト」って何?

早くも謎のぐるぐるの正体にたどり着きそうな渦模対のメンバー。謎のぐるぐるを見つけた現場へ研究所から向かう道すがら、アンモナイトの化石を研究していらっしゃるという相場先生にアンモナイトについて教えてもらいました。

―そもそも、アンモナイトって何なのか、ざっくり教えてください。

相場:アンモナイトは大昔に絶滅した海の生き物で、頭足類(イカやタコ、オウムガイの仲間)に分類されます。およそ4億年前に出現してから6600万年前に絶滅するまで、さまざまなアンモナイトの仲間が登場しました。

アンモナイトのイメージ図。(イラスト・提供:相場先生)

―あの、もしかして、アンモナイトって1種類の生き物のことじゃないんですか?

相場:はい、一口に「アンモナイト」といっても、たくさんの種類があります。現在までに、世界各地で約2万種ちかくのアンモナイトの化石が発見されています。いまだにアンモナイトの化石を調べていると新種が見つかることもあります。僕もいくつか論文で新種を報告しました。

 ―「化石」と聞いて思い浮かぶのは恐竜の骨の化石です。アンモナイトの化石と聞いて思い浮かぶぐるぐるは、アンモナイトの骨ですか?

相場:皆さんがよく知っているアンモナイトのぐるぐるは、柔らかいアンモナイトのからだを守る「殻」です。殻は硬く、丈夫なので、化石になって残りやすいのです。

誰もが名前を知っているけれど、実はよく知らない謎の生き物アンモナイト。興味津々で相場先生のお話を聞いている間に、目的地に到着です。

アンモナイト、意外とあっさり見つかる

先日、謎のぐるぐるを発見した場所を相場先生に案内しようと歩いていると、相場先生が突然立ち止まりました。

―相場先生、どうしましたか?

相場:ちょっと待ってください。ここ、あります。

一見何もなさそうな壁を見つめてしゃがみ込む相場先生。何が見えているのでしょうか?

―相場先生、何があるんですか?

相場:アンモナイトです。ほら、ここ。

壁に使われている大理石に含まれるアンモナイトの化石。

―あっ! 本当だ、すごい! 偶然こんな化石を見つけるなんて、運が良すぎませんか?

相場:そんなことないですよ。意識しないと気づけませんが、一度見つけられるようになると、どんどん目に飛び込んできます。この辺、ざっと見ただけでもかなりありますね。

いやいや、そんな、化石が通路のそこかしこにあるわけないって!と思っていると、同行している花井が何かを見つけたようです。

同じ建物の中で見つけたアンモナイトの化石。

花井:これもアンモナイトですか?

相場:はい、アンモナイトです。カクヘキがきれいに残っていますね。ジュウボウはよく見えません。

―先生、カクヘキ、ジュウボウとはなんのことですか?

相場:まず、アンモナイトの殻は、柔らかいからだが入っている住房(じゅうぼう)と、浮力を生み出す空気が入っている気房(きぼう)の大きく2つの部分に分けられます。気房の中には隔壁(かくへき)という仕切りがいくつもあり、気房全体を気室(きしつ)という細かい部屋に分けています。住房の有無や隔壁の形といった点は注目ポイントですね。

アンモナイトの殻の断面図。 (作図・提供:相場先生)

相場:隔壁があるのは、アンモナイトやオウムガイなど頭足類の殻の共通した特徴で、巻貝などにはありません。さらに、隔壁の向きや形がアンモナイトとそれ以外の頭足類で異なっています。岩石の中に、たまにアンモナイトにちょっと似ているぐるぐるの化石を見つけることがありますが、隔壁の有無やその形で、アンモナイトなのか、別の化石なのかを見分けることができますよ。

大理石の中に「ぐるぐる」を見つけたら隔壁の有無と、向きにご注目。(イラスト:中野夏海)

相場:住房の部分は、アンモナイトの殻でもっとも外側にあり、壊れやすい部分です。住房が残っていない化石は、もしかしたら死んだ後に殻が流されて、その間に住房が壊れてしまったのかもしれません。

化石があるその場所が、このアンモナイトが生きていた場所じゃないこともあるんですね。今日一日でアンモナイトにだいぶ詳しくなれました……。今後、大理石の中でぐるぐるを見つけて隔壁の有無と向きを確認したら、「アンモナイトだ!」と気づけそうです。何度も通ったことのある通路の壁や床ですが、アンモナイトがないかなって探すのが楽しくて仕方ありません!

相場:その調子です! では、もっと楽しくなる見方をお教えしましょう。

「ぐるぐる」だけではないアンモナイト

相場:よくイメージするぐるぐるではないですが、これもアンモナイトです。

相場先生が言うには、これもアンモナイトの化石だそう。これまで見てきた「ぐるぐる」とは全然形が違います。
上の画像に含まれるアンモナイトの化石部分を線でなぞったもの。

―これはさっきまで見ていたぐるぐるのアンモナイトの化石には見えないのですが、どういうことですか?

相場:簡単に言うと、「アンモナイト、横で切るか縦で切るか」です。アンモナイトの殻の中心部は、アンモナイトがまだ子どもの頃につくられた部分で、外側の殻に比べて脆く、死んでから化石になるまでの間に壊れてしまいやすいです。このアンモナイトは、ぐるぐるの中心部がなくなってしまっているようなので、全体はドーナツやタイヤのような形をしていますね。そのドーナツをお皿に置いて水平に切れば、さっき見ていた化石のように「ぐるぐる」に見えます。それとは違う向きで、ドーナツを半分に割るときのように切ると、こういう形で見えるというわけです。

ドーナツを2種類の切り方で切って、アンモナイトの化石と比べてみたところ。

―この形も、言われてみると壁にたくさんあります。そうか、ぐるぐるを別の断面から見ると、こんな風に見えるんですね!

相場:せっかくですので、別の見え方も紹介しちゃいましょう。

―まだあるんですか!

相場:さっきの縦断面とも似ていますが、このソーセージのようなのも、アンモナイトです。

相場先生曰く、「ぐるぐる」とも「タテ断面」とも違う見え方のアンモナイトがある大理石。
上の画像に含まれるアンモナイトの化石部分を線でなぞったもの。

相場:これは、アンモナイトの殻の端っこの方をななめに切った断面です。輪郭がギザギザしていて、これはアンモナイトの殻の表面のギザギザです。

ソーセージのような断面になる切り方をドーナツで再現したようす。

―3通りの見え方を教えていただき、ありがとうございます。気づかなかっただけで、身近な建物の壁にも本当にたくさんのアンモナイトの化石が含まれているんですね! 謎のぐるぐるがアンモナイトとわかってスッキリするはずが、なんだかもっとアンモナイトについて知りたくてウズウズしてきてしまいました。

相場:今回は、大理石の中のアンモナイトがどんな風に見えるかを紹介しましたが、むしろここからがアンモナイトウォッチの始まりです。東京にある建物でも、世界中のさまざまな場所から運んできた石材が使われていますから、別々の建物の大理石を比べると違いがわかって面白いですよ。それに、殻の残り具合や、一緒に化石になっている他の生き物も参考にして、時代を大まかに推測したり、当時の海のようすを考えたりすることもできますし……。

―どんどん興味が湧いてきました。今回のアンモナイト探しは入門編に過ぎないのですね。ぜひ別の建物のアンモナイトについてもいろいろ教えてください!

相場:はい、今度はあっちの方に行ってみましょう!

 

旅は、つづく――――

 

科学コミュニケーター中野からひとこと

今回は、510日の「地質の日」にちなみ、身近なところに眠るアンモナイトの化石探しを(科学的な内容以外を少々脚色して)ご紹介しました。

2023年の「地質の日」関連イベントについては、こちらをご覧ください(外部リンクです。):

https://www.gsj.jp/geologyday/2023/index.html

※「地質の日」ポスターにある「ぐるぐる」にも見えるロゴマークは、Geologyの頭文字Gをデザインしたもので、アンモナイトではありません。

取材のために訪れた地下街は、これまで何度も通ったところなのに、アンモナイトの化石を探している間ずっと、わくわくドキドキが止まりませんでした。しかし、相場先生いわく、アンモナイトを見つけられるようになるのはゴールではなく、むしろスタート。丸の内を後にした我々は、アンモナイトが暮らした海のようすに思いをはせながら、さらなる目撃情報をもとに都内の別のアンモナイトスポットへと向かいました。我々の冒険の続きのようすは、シリーズの続編にどうぞご期待ください!

参考文献

相場大佑(2023) . 『僕とアンモナイトの1億年冒険記』 . イースト・プレス .

磯崎行雄 , 川勝均 , 佐藤薫ほか(2020) . 『地学 改訂版』 . 啓林館

西本昌司(2020) . 『東京「街角」地質学』 . イースト・プレス .

吉池高行 , 吉池悦子(2022) . 『伊豆アンモナイト博物館公式ブック 誘う渦巻』 . 伊豆アンモナイト博物館 .

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