万博サイエンスナビ ~対話編

Dialogue Theaterで対話して感じた、問いかけとの「距離感」

大阪夢洲で開催されている大阪・関西万博。

万博といえば、最新のサイエンスやテクノロジーが注目されることが多いですよね。未来館でも「万博サイエンスナビ」と題して、科学コミュニケーターが注目するトピックを調査し、YouTubeショート動画で発信してきました。

 

そんななかで出会った一風変わったパビリオンが、映画作家の河瀨直美さんがプロデュースするシグネチャーパビリオン「Dialogue Theater - いのちのあかし -」 です。

Dialogue Theater - いのちのあかし -外観。奈良県と京都府の2つの廃校舎の材を活用して作られたパビリオンなのだとか。

そこにあったのは、科学や技術ではなく「対話」でした。

Dialogue Theaterってこんなところ

Dialogue Theaterに入場すると、全員に「問いかけ」が書かれたカードが配られます。

「何がどうなったら『一人前』と言えますか?」「なんでも増やせます。さあ何を増やしましょう?」などなど。万博が開催されている184日間、毎日新しい「問いかけ」が配られるそうです。少し考えてみるとわかるように、これらには正解も不正解もありません。一言で結論を示すのも難しそうです。

 

さて、Dialogue Theaterには各回150人程度が参加します。参加者に配られる「問いかけ」が書かれたカードには、イチョウのマークがついたカードが混ざっていて、そのカードを受け取った人が今回の対話の「話者」に選ばれます。残りの参加者は対話の「目撃者」になるわけです。

 

会場は「対話シアター」とよばれる大きな部屋。前方には映画館のように大きなスクリーンがあり、そこには世界のどこかから参加する対話の相手が映し出されます。参加者のなかから選ばれた話者はスクリーンの前に立ち、残りの参加者たちが見守るなかで、スクリーンのなかの話者とともに10分間の対話を繰り広げます。

Dialogue Theaterでの体験の流れ。

そんなDialogue Theaterでの対話には「筋書き」はありませんが、特徴的な「ルール」が存在します。

Dialogue Theaterでの対話のルール

Dialogue Theaterでの対話には、大切なルールが3つあります。

①    自己紹介や、あいさつをしない。
②    敬語を使わない。
③    テーマそのままの質問をしない。答えを言わない。

対話する2人は初対面。スクリーン越しに初めて相手を知ることになります。
まずはあいさつに始まり、お互い自己紹介をしてから、敬語で対話していきたいところですが、あえてルール①②を設けることで、10分間という短い時間の中で「問いかけ」に迫っていくことができます。ルール③は、例えば配られたテーマ (問いかけ) が「大人になってからできた、いちばん大きな壁はなんですか?」であったとすると、「私の場合、大人になって感じた一番大きな壁は就職活動でした。あなたは?」というような回答や質問をしないということを意味しています。

ところで、この3つのルールは、話者以外には知らされていません。
目撃者たちは、初対面の2人が突然ため口で話し始めるのを見てびっくりしたことでしょう。
ではなぜ筆者がこのルールを知っているのか?
そう、なんと今回偶然にも話者に選ばれたのです。しかも2回も。

筆者が対話の話者になった2つの問いかけ。

Dialogue Theaterで、実際に対話してきた (1回目)

1回目の問いかけは、先ほど例にあげた「大人になってからできた、いちばん大きな壁はなんですか?」でした。スクリーンに映る対話の相手は、私より少し年上くらいに見える、落ち着いた雰囲気の男性です。

10分間の対話をここにすべて載せることはできませんが、抜粋するとこんな感じの対話でした。

(   ) 内は筆者の心の声。Dialogue Theaterは録音禁止のため、記憶と同僚のメモを頼りに文字に起こしています。

スクリーンの中の男性「お兄さんって、お行儀のいいタイプ?」
私 (急だな……) 「うーん、子どものころはそうだったかも」
男性 「周りにそうじゃない人はいた?」
私 「うん、いたよ。先生の言うこと聞かない人とか」
男性 「そういう人たちを見て、どう思ってた?」
私 (嫌なこと聞くな~。笑) 「自由でいいなって思ってた。子どものころは、ルールは破っちゃだめって思ってたけど、いまは自由にしているほうが楽しくていいじゃんって思うこともあるよ」


【中略】


男性 「ルールを守らない人に注意してた?」
私 「どうだろ。注意したこともあったかな。でも、相手から見たら自分も“常識やルールがちがう人”な場合があって、そのことを念頭において話さないとなって思う」


【中略】

男性 「ちがうってことを相手に伝える?」
私 「うーん、割と伝えちゃうほうかも。お兄さんは?」
男性 「伝えないことのほうが多いかな。相手に合わせるほうが、いろいろうまくいったりするじゃない」
私 「うんうん」
男性 「僕は、ちがうことを伝える勇気がないんだよね」
私 「いや、相手にちがいを伝えずに黙っているのは、勇気がないからなじゃくて、もしかして……」

【対話シアターが暗転。時間をむかえて、対話は強制的に終了】
私 (え、ここで切られるの……最悪で最高のタイミング……)

これでよかったのか……? というのが率直な感想。暗転し、みんなでエンディングムービーを見た後にアテンダントの方が「いまの対話に答えはありません」と締めてくれましたが、どうにも今の対話でよかったのか疑問が残りました。
特に気になるのが、今回の問いかけ「大人になってからできた、いちばん大きな壁はなんですか?」に向き合えていたのかどうかという点です。対話でのやりとりから、この問いかけに対する答えを考えてみると「相手と立場や常識、考え方が異なるときに、それを伝えられないという壁」が浮かび上がってきそうです。ただ、それが「いちばん大きい」かどうかまでは対話で言及しきれていません (10分間で、そこまで細かく対話するのは難しかったのかもしれないです)。

対話を聞いてくれていたほかの参加者のみなさんは何を感じたのか、何を考えながら対話を聞いていたのか、機会があれば感想をお聞きしてみたかったです。

Dialogue Theaterで、実際に対話してきた (2回目)

2回目の問いかけは「どうしたら、もっとやさしくなれますか?」でした。
1回目の反省を踏まえて、「テーマそのままの質問をしない。答えを言わない」というルールのなかで、いかに今回の問いかけに近づいていくかを意識して、対話を試みました。

(   ) は心の声。スクリーンに映る対話の相手は、1回目とは別の方でした。私と同世代くらいの男性です。

スクリーンの中の男性 「アンパンマンってさ、究極だよね」
私 (すごい角度から来た…) 「究極……?(笑)」
男性 「いや、自分の身体を相手に食べさせるじゃない。自己犠牲って、究極だなぁと思って。そういうことしたことある?」
私 「うーん……自己犠牲ね……」

【中略】

男性 「仕事やプライベートで何かプレゼントすることってある?」
私 「いま妻と2人で暮らしてるんだけど、お互い仕事の帰りにスイーツを買って帰ることがあるよ」
男性 「お兄さんは、どうしてスイーツを買って帰るの?」
私 「僕は妻と比べて帰りが遅くなることが多くて、妻がごはんをつくってくれる日が多いから、そのお礼的な意味が強いかな」
男性 「そのスイーツってさ、家事のバランスを確認するためのもの? それとも調整するためのもの?」
私 (えぐい問い……!)  「うーん……どちらかというと、調整するためのものなのかな」

【中略】

私 「仕事の中での“やさしさ”って何なのかな」
男性 「仕事だと、相手に厳しくならないといけないこともあるよね」
私 「うん。僕にははっきりと“後輩”みたいな人はいないんだけれど、この人はがんばってるな、もっと一緒に仕事をしていきたいなと思う人にはどうしても少し厳しい態度になっちゃうことがあるんだよね」
男性 「いまを大事にするのか、半年後や1年後を見るのか……」
私 「うん、いま厳しくすることは逆に……」

【対話シアターが暗転。時間をむかえて、対話は強制的に終了】
私 (また最悪で最高のタイミングで切られた……)

今回は、明確に「やさしさ」というキーワードを言葉に出してみました。そのおかげで、1回目よりも問いかけ(テーマ)にぐっと近づけた気がします。参加者のみなさんも、この対話と自分自身の価値観とを照らし合わせながら聞いてくれていたら嬉しいです。

Dialogue Theaterの対話を分析してみた

私なりに、Dialogue Theaterの対話をふりかえってみました。
2回目の対話は、こんな構造だったのではないかと考えています。

Dialogue Theater 2回目の対話の構造 (イメージ)

対話のなかでさまざまな意見や問いが飛び交いましたが、それらは今回の問いかけ「どうしたら、もっとやさしくなれますか?」に直接答えるものではありません。中心にある問いかけから、離れた位置にあるイメージです。

今回、中心からおそらく一番遠くに離れた「アンパンマンってさ、究極だよね」から対話が始まります。そのあと「仕事やプライベートで何かプレゼントすることってある?」「プレゼントは家事のバランスを確認するため? 調整するため?」と、お互いの生活や経験を思い出したり、その背景にある気持ちについて考えたりするターンに移ります。ちょっと中心に近づいてきました。そのあと「やさしさ」のキーワードの登場でさらに中心に近づき、もう少しで「どうしたら、もっとやさしくなれますか?」の答えのひとつにたどり着きそう、というタイミングで時間切れ。今回の場合、その答えは「相手のがんばりを見つけると、やさしくなれるのかも?」といったところでしょうか。

このように、話者の経験にふれながら中心にある問いかけに少しずつ近づき、答えに「厚み」を増していくことができたのは、Dialogue Theaterのルール③「テーマそのままの質問をしない。答えを言わない」があったおかげです。もちろん、先に問いかけの答えを示して、あとに続けて理由を付け足していくこともできます。でも、その順序では、話者2人は質問者と回答者のような役割になり、対話というより面接のような関係性になってしまいます。

Dialogue Theaterのルールは、自己紹介もあいさつもなし、敬語は使わず問いかけそのものに直接ふれてはいけないという、実際にやってみると最初は少し戸惑ってしまうようなルールです。ただ、それらがうまく働くと、10分間という短い時間のなかで、お互いのエピソードや考えを引き出し、問いかけの答えや新しいアイデアにたどり着けることを実感しました。

おわりに

ところで、私たち科学コミュニケーターは「対話」するのが仕事です。未来館のホームページにも「科学技術とどう付き合い未来をどう築いていくのか、社会のさまざまな立場の人と対話をしながら考えていくのが科学コミュニケーターの役割です」と記されています。

Dialogue Theaterでの経験は、中心にある問いかけと、今相手と対話している内容との「距離感」をつかむことの重要性を改めて教えてくれました。ときには距離を大きくとって議論を発散させたり、ときには意識してトピックを収束させたり。これからも、問いかけとの「距離感」を頭の片隅で意識しながら対話していきたいです。

こうして、私はすっかりDialogue Theaterの虜になってしまいました。
とってもとってもおすすめなので、大阪・関西万博へお越しの際は、ぜひお立ち寄りください。すてきな「問いかけ」と「対話」があなたを待っています!


参考文献

Dialogue Theater ―いのちのあかし― 公式サイト https://expo2025-inochinoakashi.com/

 

関連

YouTubeショート動画「万博サイエンスナビ ~ 科学コミュニケーターが大調査!」 https://www.miraikan.jst.go.jp/resources/expo-sciencenavi/index.html

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