2025年のノーベル賞受賞者発表まで、あと1週間。どんな研究が評価され、誰が受賞するのか……メディアも少しずつにぎわい始めていますね。
ノーベル賞は、世界で最も権威がある賞のひとつです。でも、「名前は知っているけれど、どんな賞なのかはよくわからない」という方も多いのではないでしょうか。実際、私自身も昨年、未来館でノーベル化学賞に関する配信イベントを担当するまで、意外と知らなかったことがたくさんありました。
そこで、このシリーズでは、私が6月に訪れたスウェーデン、ストックホルムにあるノーベル博物館での体験を交えながら、ノーベル賞がいままでよりも楽しみになる情報を3回に分けてお届けしていきたいと思います!

アルフレッド・ノーベルとノーベル賞
ノーベル賞は、アルフレッド・ノーベルの遺言にもとづいて創設されました。
ノーベルといえば、ダイナマイトの発明者として知られています。彼は、大きな爆発力をもつニトログリセリンという物質に注目し、それを珪藻土と混ぜ合わせて安定化させたり、雷管という筒状の装置によって爆発をコントロールできるようにしたりしました。
このダイナマイトは、土木工事などの現場において作業の迅速化と安全性の向上に貢献し、ノーベルは莫大な富を築くことになります。

ところが、ダイナマイトは武器として、戦争にも使われるようになりました。ある新聞社は、ノーベルの兄の死をノーベル自身の死と勘違いし、「死の商人、死す」という見出しの記事を出したほどです。
そんな「死の商人」と呼ばれたノーベルは、生涯独身で、家族がいませんでした。そのため、彼が築いた莫大な資産の行方には、大きな注目が集まっていたことでしょう。そうした中、彼は遺言において「人類の利益のために貢献した人々に報いる」ことを目的に、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞の5つの賞の創設を指示しました。

ノーベルが亡くなったのは、1896年12月10日。1900年にはノーベル財団が設立され、翌1901年に、初めてのノーベル賞授賞式が行われました。
その後、1968年にはスウェーデン国立銀行が創立300周年を記念し、ノーベル経済学賞の創設をノーベル財団に提案。翌1969年から現在に至るまで、経済学賞を含む6つの賞が「ノーベル賞」として贈られています。
ノーベル賞の発表で見たことがある「あれ」も……!
ノーベル賞の受賞者は、毎年10月上旬に発表されます。この日には、日本科学未来館でもニコニコ生放送およびYouTubeにて、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の発表の瞬間を視聴者のみなさんと一緒に楽しむ番組の生配信を行っています。
この配信は、まさに受賞者の発表が行われようとしている現地の様子も映像で紹介しながらお届けしているのですが、ノーベル博物館でこんなものを見つけました。「毎年、ノーベル賞の発表の様子を配信で見ているよ!」という方がいらっしゃったら、きっと見覚えがあるはずです。

まず、手前にあるコーヒーとクリームは、2019年の物理学賞の研究解説で使われた小道具です。

この年の受賞内容は「宇宙物理学における新たな理論の発見」。プレゼンターは、宇宙の正体をコーヒーで説明していました。
コーヒーはダークエネルギー、クリームはダークマター、そして最後にほんの少し加える砂糖が、いわゆる「普通の物質」なのだそう。これまで科学が扱ってきたのは、この「砂糖」にあたるごく一部にすぎず、宇宙にはまだわかっていないことがたくさんある、ということを、わかりやすく伝えてくれています。
続いて、先ほどの写真の奥に見える5つのフラスコですが、中には光る「量子ドット」という物質が入っており、2023年の化学賞の受賞発表で使われたものです。

量子ドットとは、ナノスケール(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1)の極めて小さな半導体の結晶です。これらは紫外線を当てると光り、さらに大きさを変えることで発光する色も変えられるのが特徴です。受賞者発表では、実際に量子ドットが発光する様子が紹介されていました。
このように、ノーベル賞の受賞者発表では、たとえを交えて研究を紹介したり、実物を見せたりしながら、受賞内容がわかりやすく説明されています。ノーベル賞を受賞する研究は、一見難しそうに思えますが、そのインパクトが一般の人にも伝わるよう、さまざまな工夫がされているのです。
こうした工夫は、私たち科学コミュニケーターにとっても、非常に勉強になっています。
受賞者は絶対に、絶対に秘密!
さて、先ほどご紹介した量子ドット(2023年)の受賞発表の際には、事前に受賞者情報が漏れてしまった……というニュースもありましたが、基本的にノーベル賞の受賞者は、本人に電話がかかってくるその瞬間まで、絶対に秘密です。
選考過程についても、受賞から50年が経たないと公開されないことから、その機密性の高さがうかがえます。
となると、ノーベル賞の選考委員の責任は重大です。どんなことがあっても、情報を外に漏らしてはいけないのですから。
ノーベル博物館の展示品からも、その厳重な情報管理の様子が伝わってきます。

手前に展示されているのはUSBメモリですが、どうやら普通のものではなさそうです。数字のキーが付いています。
実はこれは、受賞者の選考などに関するデータを保存するためのもので、12桁のコードを入力しなければデータを閲覧できないロック付きのUSBなのです。しかも、10回入力を間違えるとデータがすべて消去されてしまうのだとか……。
また、奥に展示されているのは、ブックカバーがかけられた本です。
これは、文学賞の選考委員が何を読んでいるのかを外部に知られないようにするため、ブックカバーをかけなければならない、ということを表しているそうです。候補者が推測されないよう、細かな配慮が求められているのですね。
こうして見てみると、ノーベル賞の受賞者予想がいかに難しいかがよくわかってきます。
2025年は10月6日、7日、8日の3日間。お楽しみに!
さて、ノーベル博物館を散策していると、ふとこんな疑問が浮かびました。
もしかして、ノーベル博物館の関係者なら、受賞者の予想を当てられるのかな……?
現在、未来館では受賞者の予想を公式に発表していませんが、受賞が決まり次第、即興で解説を行うため、もちろん内部では予想を立てています。ノーベル博物館でも、受賞発表前にイベントを実施しているそうなので、現地のガイドの方に聞いてみたところ、こんな答えが返ってきました。
「受賞者の選考過程は機密情報なのでわかりませんし、実際に私たちが予想してもほとんど当たりません!!」
ノーベル博物館の方でも、予想を当てるのは難しいんですね。
それだけノーベル賞の選考が徹底的に秘密裏に行われているということでもあり、だからこそ、毎年の受賞発表がワクワクするイベントになるのかもしれません。
2025年は、10月6日、7日、8日の3日間にわたり、生配信を行います。ぜひご覧ください。お楽しみに!!