皆さんこんにちは!科学コミュニケーターの梶井です!
2018年のノーベル化学賞。来ました。私たちがノーマークだった分野。
早速、受賞者と受賞理由の紹介からいきましょう。
・フランシス・アーノルド(Frances H. Arnold)博士
受賞理由:「酵素の指向性進化法」
・ジョージ・スミス (George P. Smith)博士 ・グレゴリー・ウィンター (Sir Gregory P. Winter)博士
受賞理由:「ペプチドと抗体のファージディスプレイ法」
先生方、おめでとうございます!
ですが、受賞理由が専門用語ばかりでなんとも難しい...... そして、なぜ受賞理由が2つあるのか......
今回のキーワードは「進化」!
このキーワードで、各先生の業績を順番に見ていきましょう。
■ アーノルド博士の業績~酵素の指向性進化~
「酵素」とは化学反応をお手伝いするタンパク質の総称で、手伝う化学反応や生物種に応じて、酵素の種類は変わります。
みなさんもいろいろなところで「酵素」という単語を聞いたことがあるかと思います。
それほど、私たちの生活には酵素が欠かせません。
植物が行っている光合成や、私たち体の中でエネルギーを生み出す仕組み、食品の発酵なども酵素がなければ成り立たない化学反応なのです。
こう聞くと、酵素をうまく使えば私たちの生活をより豊かなものにできるように思えますね。
実際に、いろいろな生物の酵素を調べて使えるようにする、化学的に酵素をいじる、酵素を見習った化学物質を人工的に作るなどなどいくつか方法はあり、すでに私たちの生活を豊かにしてきました。
例えば、酵素の力を借りて汚れを落としやすくする洗剤はその代表例ではないでしょうか。
それでは、そういった便利な酵素をどんどん見つけていくためにはどのようにすればよいでしょう?
アーノルド博士は、「指向性進化法」という新たな手法を開発しました。
すなわち、バクテリアのDNAを次々と突然変異させ、好きな化学反応を起こせる酵素を作る方法を開発したのです。
具体的な手法を見ていきましょう。
酵素はDNAから作られます。DNAは生物の設計図といわれるように、酵素の設計図でもあります。つまり、DNAをうまく改造してやれば新しい酵素ができるというわけです。では、どのようにうまく新しい酵素を見つけるのでしょうか。
(1) まず、改造しようと思う酵素とそれを作れるバクテリアを用意します。バクテリアの中には酵素のDNAが入っています。
(2) そのDNAをランダムに書き換えます。そのバクテリアは、ランダムに改造された酵素を作り始めます。
(3) それぞれの酵素が目的の化学反応を行ってくれるかテストします。
(4) このテストで反応がうまくいかなかったバクテリアはどんどん捨てていき、うまくいったバクテリアを残します。
(5) その後、うまくいったバクテリアのDNAを再度ランダムに書き換え、反応のテストを行います。つまり、(2)~(4)を繰り返すのです。この時、テストのクリア条件を徐々に厳しくします。
(6) 最終的に、テストで生きのこった酵素は非常に良い化学反応を示すものが残るわけです。
この手法により、生き物が本来作り出す物質ではない物質も作り出せるようになっています。具体的には、うまみ成分、糖尿病の薬、脂質降下薬などがあります。
近年では、指向性進化法により得られた酵素を用いて、自然界では考えられないような化学反応が次々と報告されています。
まだまだ人類に貢献できる余地を残しているこの手法、これからも要注目です。
■ スミス博士、ウィンター博士の業績 ~ペプチドと抗体のファージディスプレイ法~
「抗体」とは私たちの体がウイルスなどの外敵をやっつけるときにはたらいているタンパク質の一種です。
このとき、自分の細胞などをやっつけず、目的のモノだけやっつけるために、抗体は狙ったモノにしかくっつきません。1種類の抗体は1種類のモノにしかくっつけないわけです。
実は、この特定のモノとだけ結合する抗体の性質をうまく使えば、いろんな薬をつくれます。
例えば、病気の原因になっているタンパク質のみにくっつく抗体をつくれれば、その原因タンパク質がはたらけなくなり病気の治療ができます。
しかし、思った通りのモノとくっつく抗体をつくるのはとても大変です......
ここで登場するのが、タンパク質(の一種である抗体)を「進化」させるという考え方です!
スミス博士は、「ファージディスプレイ法」を開発しました。
これは、ファージというウイルスの一種を使ってタンパク質を「進化」させ、特定のモノと結合するタンパク質を作り出すための基礎となる手法です。
そしてウィンター博士が、ファージディスプレイ法を使って狙ったモノとだけくっつく抗体を作ることに成功したのです。
少し詳しく手法を見ていきましょう。
まずファージのDNAにある遺伝子をの一部を挿入します。すると、ファージはそのDNAからタンパク質の欠片(ペプチド)をつくり、ペプチドをファージの表面に出します。一種類のDNA断片だけでなく、ものすごくたくさんの種類のDNA断片をそれぞれファージに挿入すると、いろんなタンパク質の欠片を表面に持ったファージの集団ができます。
次に、これらのたくさんの種類のタンパク質の欠片から、特定のモノと結合するものだけ選び出します。そのためには、いろんなタンパク質の欠片を表面に持ったファージの集団と特定のモノを混ぜます。
そして、特定のモノを拾い出して、結合していないものを洗い流せば、特定のモノに結合したタンパク質の欠片を持ったファージだけが残ります。特定のモノを使って、結合するタンパク質の欠片を釣ってくるのです。
この方法を知ったウィンター先生が、これを抗体の開発に応用しようと考えたわけです。
タンパク質の欠片であるペプチドとして抗体の欠片を使うことを考えました。
ですが、繰り返しますが、思った通りのモノとくっつく抗体をつくるのはとても大変です。狙ったモノ以外のモノとくっつくと、副作用が出てしまう可能性が高くなります。また弱い結合しかできず、すぐに外れてしまっても薬として十分にはたらくことができません。
そこで出てくるのが、先に説明した指向性進化法の考え方です。
少しずつ抗体の欠片を作らせるDNAを変えていって、しっかりと結合する抗体だけを選択していくわけです。生き物の進化での適者生存による自然選択の部分を、人為的に行うのです。
こうして、抗体の「特定のモノとだけくっつく」強みを生かした「抗体医薬品」が開発されています。すでにリウマチやがんの治療などに活用されていて、今もなお研究が進められている手法となります。
「タンパク質を人類にとって有用なものに進化させる!」という考え方を切り開いた方々について簡単に紹介させていただきました。
みなさん、いかがでしたか?
私は「こういった新しい概念の登場によって、化学という分野は進化してきて、これからも進化していくのだなあ」ということをしみじみと実感しました。
最後に改めまして、今回ノーベル化学賞に選ばれましたフランシス・アーノルド博士、ジョージ・スミス博士、グレゴリー・ウィンター博士、本当におめでとうございます!!