無観客試合から考える、「雰囲気」の科学!

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 残念ながら、3月は新型コロナウイルスの影響で様々なスポーツで「無観客試合」が行われましたね。ニュース番組で、観客席に誰もいない中で行われているプロ野球の試合を見た私は、「あれ...?なんとなく選手の様子や雰囲気がいつもと違うなぁ」と感じました。そして、観客の存在って、どんな意味があるんだろう?? こんな問いを抱き、調べてみることにしました。

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 実は、未来館の研究エリアには、研究の一環で観客や応援に注目している先生がいらっしゃいます。「潜在情報プロジェクト」の代表者、早稲田大学の渡邊克巳教授です。
 渡邊先生は認知科学を専門としていて、とくに潜在情報(無意識)について研究をされています。人と人が関わるときに生まれる雰囲気とは何なのか、そして互いが無意識のうちにどのような相互作用を起こしているのか? それらを解析するために、先生を含む研究グループはなんと野球やバスケットボールなどのスポーツの試合をも研究対象としているのです!

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渡邊克巳先生(早稲田大学理工学術院)

応援にはどんな意味がある?
 普段の試合会場では、観客が歓声や拍手で試合を盛り上げたり、固唾をのんで試合を見守ったりするといった、様々な応援が存在します。無観客の場合だと、試合会場にはそのような応援がありません。
 無観客試合での選手のパフォーマンスは、観客がいる中での試合と比べてどんな違いがあるのか、渡邊先生にお聞きしました。結論から言うと「普段と変わることは予想されますが、人や状況によりますよね。実のところよく分かっていません」とのこと。

 他者が周りから見ることによって、見られる側が影響を受けるようなことを、心理学では「観察者効果」といい、昔から研究が行われています。応援も観察者効果のひとつです。
 観察者効果がどのように働くかは、例えば、何をしているところを見られるのかによっても変わってきます。簡単な計算問題を解き続けるといったような慣れた単純作業か、それとも慣れていない複雑で苦手な作業か。一般的には、前者だと周りから見られることでパフォーマンスが上がり、後者だと下がってしまうと言われています。
 他にも、実戦での慣れの問題(普段は観客がいる中で試合をすることに慣れているので、そうでない環境には慣れていない)、どんな関係の人に見られているのか(他人、家族、コーチなど)も影響するので、応援の有無そのものがどのような影響を与えるかは一概には言えないようです。

 ということで、少なくとも観客のいる試合では、観客や選手の間に何らかの雰囲気が生まれていて、その影響を選手は無意識のうちに受けているようです。(ここで紹介したことについて更に知りたい方は、「観察者効果」や「社会的促進・社会的抑制」というキーワードで検索してみて下さい。)

無意識的に表れる情報を解析する!
 冒頭に紹介した通り、渡邊先生は無意識について研究を行う認知心理学者として、人と人が関わるときに生まれる雰囲気を解析しているとのことですが、そもそも雰囲気を客観的に捉える方法なんてあるのでしょうか? 渡邊先生はどのような方法で研究を行なっているのでしょう。

 渡邊先生らの研究グループ(※)は、無意識に身体に現れる発汗や心拍数などの情報が、雰囲気を客観的にみる指標になるのでは、と考えました。発汗や心拍数などは身体の表面(サーフェス)に出てくることから、渡邊先生らはその情報を「潜在アンビエント・サーフェス情報」と名付け、研究を始めました。ちなみにアンビエントとは雰囲気という意味です。
 潜在アンビエント・サーフェス情報、呪文のようでカッコイイ!(笑)

 その潜在アンビエント・サーフェス情報を測定するのに不可欠なのが、センサーです。渡邊先生らは、スポーツウェア型センサーなど、被験者の動きを妨げない小型のセンサーを用いて、試合会場にいる様々な立場の人(選手、観客、応援団、コーチなど)の心拍や心電の波形を調べました。ここは実験室ではなくリアルな試合の場です。選手もまわりの方々も本気で試合に向き合っているので、ありのままに振る舞う状態を測定することができます!

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スポーツウェア型センサー。最新の技術が使われています!
(出典:JSTnews 2020年2月号)

実験結果はいかに!
 渡邊先生らの研究グループでは、東京六大学野球リーグ戦にて、応援団と観客の心拍を測定しました。その結果での実験では、勝ちそうな試合で応援が盛り上がっているときは、応援団と観客の心拍がともに上がり、心拍数の変化が同調することが分かりました。

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試合が盛り上がっているときに、
応援団と観客の心拍数がともに上がっています
(出典:JSTnews 2020年2月号 一部改変)

 コーチと選手たちの間でも、心拍数の同調が起こるようです。中学生のバスケットボールチームで心拍をとったところ、試合内容が良いか悪いかで、コーチと選手たちの心拍数の同調度合いが異なる、という結果が得られました。

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試合内容が良いか悪いかで、心拍数の同調具合が違います
(出典:JSTnews 2020年2月号 一部改変)

おわりに
 これらの実験結果より、試合が盛り上がっていたり良い運びになっていたりする、つまり雰囲気が良いときは心拍数の変化がシンクロするといったような特徴がみられることが分かりました。雰囲気というとても曖昧なものを、心拍のデータを指標にすれば、数値で表すことができるなんて、潜在アンビエント・サーフェス情報ってすごくないですか!?この情報を活用すれば、「いま雰囲気いいよね」と言っていたところを、「いま心拍数が○○○くらいにシンクロしたよね」みたいな未来が訪れるのでしょうか。

 本題の、無観客試合ですが、観客全員がスクリーン越しで試合を見ています。その場合は選手にどのような影響を与えるのでしょうか? 渡邊先生は「現場での応援に対し、テレビ越しの場合は、観客が応援する姿や歓声がリアルタイムで選手に伝わらないという点が違うのですが、例えば、遠隔で伝わるようにした場合はどうなのかなども調べてみたいですね」とのこと。私もその違い、ぜひ知りたい...!

 コロナウイルスの影響は、社会をいつもと違う視点からとらえるきっかけになるかもしれません。渡邊先生も無観客試合に対して「もちろん残念なことですが、スポーツやコンサートなどのパフォーマンスの場は、盛り上がりや雰囲気などの、人と人が関わることで生まれる体験をみんなで共有する場でもあることを、もう一度考える良い機会だと思います」とおっしゃっていました。こんなときだからこそ、普段と違う視点から素朴な疑問を見つけ、考えてみてはいかがでしょうか。

 近頃は、無観客試合でなく延期や中止の対応をとったケースも見受けられます。その判断からも、スポーツの大会では選手だけでなく観客の存在も欠かせないということを私は改めて感じました。事態が早く収束し、選手と観客がともに盛り上がる場がまたやってくることを期待しています。


【脚注】
(※)渡邊先生らはこちらの研究を、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業CREST「潜在アンビエント・サーフェス情報の解読と活用による知的情報処理システムの構築」において行なっています。

【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださった早稲田大学理工学術院の渡邊克巳先生に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

【参考資料:より詳しく知りたい方におススメ】
科学技術振興機構 JSTnews 2020年2月号 pp.5-7.
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2019/202002/pdf/2020_02_p05-07.pdf

【関連リンク】
日本科学未来館 研究エリア 潜在情報プロジェクト
https://www.miraikan.jst.go.jp/aboutus/facilities/project-list.html#watanabe