陸前高田、高校生の力

岩手県、陸前高田市。津波の被害は本当だった。
わずかに残る高い建物も、中身がなく、鉄骨がむき出していた。
そこには確かにテレビで見た風景が広がっていた。

かつての姿を想像するのも難しい街の復興を、これから担っていく高校生たち。
彼らは、いま何を思い、何を考えているのか。

株式会社リコーが主催した学生復興会議は、手を挙げた陸前高田高校の生徒約40名が6-7人のグループワークで街の『シンボル施設』を市長に提案する。未来館は共催としてこの企画に関わり、私は一グループのファシリテーターとして活動に参加した。

念入りに準備はしたものの、得体の知れない不安を持ったまま当日はやってきた。

朝一番、会場に集まってきた高校生たちに、私は自分のためにも元気よく挨拶した。次にかける言葉を探しつつ、とりあえず、

なんで青いシャツと白いシャツの人がいるの?と見たままの疑問を投げかけた。

「制服は青なんですけど、白いのは支給されたやつなんです。」

普通に返事が返ってきた・・・ああ、何てことを聞いたんだ、私は。
まったく非難の色のない表情にさらに動揺する。
今日一日、うまくやっていけるのだろうか。

気を取り直して、まずは自己紹介。

グループメンバー7人のうち3人が「村上」くん。この辺では多いそうだ。「じっちゃん」と呼ばれる村上くん、若いなぁ。「氏」「名」の頭文字を取って「ムッシュ」と呼ばれる村上くん、雰囲気出てるかも(笑)。そんなやり取りをしながら、少しずつ本題へ。

テーマは『陸前高田の象徴として誇れ、多くの人が集い、交流が生まれるシンボル施設』

まずは外観・立地・機能の3つの要素を思いつくまま出し合い、アイディアを発散させる。すると、ちぐはぐな取り合わせも意外と“あり”なことに気づく。

たとえば立地条件。

①高台で避難経路をしっかり作る

②アクセスのよい人が集まりやすいところ

単純に合わせたら“アクセスのいい高台”。だが、これではいまいちピンとこない。

そこで、

人が集まったらその人たちに何を伝えたいの?

『シンボル施設』として発すべきメッセージは?

と聞くと、一人が、

「高台は安全なだけじゃなくて、街が復興していく様子を見ることができる。」

なるほど。続けて、

「津波被害の事実を伝える。」

「実物を見せたい。」

「支援してくれた人への感謝。」

「写真、映像を見せて忘れないようにしてほしい。」

と次々声があがり、施設の一部は伝承館に決まった。

さらに発想を具現化するにあたり、プロの力を借りた。市長を説得し得る本格的な提案にするためには不可欠な視点だ。今回は地元岩手の建築家の方々がその役を買って出てくださった。

私のグループはユニークな中空の建造物が外観の参考として与えられ、それをもとに立地と機能を考えていく。

「遠くから来た人が泊まれる宿泊施設に。」

「展望台もほしい。」

「映画館!」

「お化け屋敷も。」

「食べるところは?」

「高田の特産品、海産物を売ろう。」

思いつきを並べ始めると、すぐ原点を忘れそうになる高校生たち。

発散しがちなところでプロから一言、

「中空のブロックだと強度的にせいぜい2階か3階が限度だよ。」

ご指摘を受け、宿泊施設+展望レストランにしぼられた。

話し合う私たちの頭の中がまるで見えているかのように、さらさらとスケッチができあがっていく。

当然、防災の視点から意見が出る。

「人が集まるから屋上にはヘリポートとか?」

「高台につながる避難通路があった方がいい。」

一方で、

「屋上はソーラーパネルの方が実用的じゃない?」

「それいいね、そしたら施設内の電気をまかなえるし。」

と話がそれつつも新たな発想が広がる。

おっと、二つ案が出てきたね。半分ずつにする?広さ足りるかな・・・

とつぶやくと、

「それならソーラーパネルは側面につければ?」

なに?!そうきたか!

すかさずプロから一言、

「施設内の電気をまかなうにはかなりの大きさが必要だから、少し形を崩して南側の上に突き出す大きいパネルにしようか。」

形が具体的に決まると色へと話題が移ったものの、色を決める手がかりがつかめない。黙ってしまった彼らに、答えでもなく説明でもない絶妙なプロのアドバイス。

「参考にしているこの建物は、見た目のバランスが悪くて重く見えてしまう。だから、外壁を白地に黒の斑点っていう軽く見えるようなデザインにしてあるんだと思うよ。」

さすが!としか言えない、気持ちいいほど的確なコメント。

こうして“色”が持つ意味に気づいた彼らも負けずに考える。

中空の構造をそのまま生かした建物を作ろうとしているから、重く見えないようにしないと。

「白か薄い色かな。」

「空と一体に見える水色は?」

採用!

内装と外装ができてきたので、今度は建物の周りを考える。

「いろんな花を植えて季節によって色が違ったらきれい。」

「でも高田なら松か椿っしょ。」

「だったら一本松が見えるところがよくない?」

・・・津波で7万本あった松原の中で奇跡的に残ったのが海辺の一本松だ。

ふと、「でも5年後にもあるかなぁ。」とちょっと不安げな意見も。

10年後、20年後に市街地が広がっていたら、高台からでも一本松は見えないかもしれない。それでも忘れてほしくない。

「じゃあ一本松のクローンは?」

震災に負けない強さの象徴をシンボル施設におく――なんとも斬新!

きっと彼らには、これから発展していく市街地がもう見えているのだろう。想像力で時間も空間も自由自在に行き来する高校生たち。

しかしもちろん、実際こんなにスムーズに話し合いが進んだわけではない。しーんとなることも少なくなかった。顔を見れば一生懸命考えているのはわかる。でもうまく表現できないのだ。

それでも少し水を向けると自分の言葉をつないでいく。すると次は誰かの手が上がる。仲間からの刺激が伝染して1+1が3にも4にもなっていった。

いよいよ最後のまとめ、グループごとの提案概要書と寸劇仕立ての発表だ。

前のグループの発表をよそに舞台袖でわくわくそわそわする7人の後ろ姿を見て、真剣さゆえの緊張感が伝わってくるとともに、ちょっとうらやましかった。

小さい声で、「じっちゃん、頼むわ。」

親しみと信頼のこもった仲間からの言葉をしっかり受け止めた村上くんは、深くうなずいた。そして、

「人の記憶とは悲しいものですが、風化していくものです。・・・」

伝えることの大切さを形にした伝承館や、みんなで考えぬいたシンボル施設に込めた気持ちを、自分の言葉で見事に語った。ニックネームをそのまま使って外国人役をこなしたムッシュの存在は、海外からもたくさん人が集まって交流する場になるようにとの願いだった。

泣きそうなほどの感動と達成感を味わいながらも私が泣かずにすんだのは、彼らのさわやかな笑顔のおかげかもしれない。たった一日で大きく変わった高校生たち。

本人たちはというと、直接は聞かなかったけれど、事後アンケートに力強い言葉が残されていた。

「自分の意見をはっきり言えた。」

「自分と違う意見がたくさんでて考え方が変わった。」

「新しい提案を生み出すのに意見をくずさなければならなかった。」

真剣に話し合ってくれた証拠だね。

「市の未来に関わるという実感がわいた。」

「復興に自分も協力したいと思うようになった」

この気持ちを形にするときはそう遠くないよ。

「改めて高田が好きになった。」

「復興につなげる活動を継続したいと思う。自分のふるさとだから。」

この思いを持つ君たちにしか、未来を担う大役は果たせない!

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