私たちの体は、どこもかしこも、細胞と、細胞がつくった物質からできていて、何をするにも、細胞がはたらいています。あなたの50メートル走の記録 (足)も、あの日の涙(目)も、初恋の淡い思い出 (脳)も・・・すべて細胞の活動が生み出したものなのです! 細胞はあなた自身といっても過言ではないかもしれません。
未来館の常設展示「細胞たち研究開発中」はそんな細胞たちが主役です。展示をのぞきながら、細胞がもつ三つの重要なはたらきを紹介していきます。あなたの体の仕組みと未来について考えてみましょう。
細胞のはたらき その1【増える】
そもそも細胞とは、生物の体を形づくる小さなちいさな「粒」のようなものです。想像できないかもしれませんが、目に見えないほど小さな粒が、なんと約40兆個も集まってできているのが、あなたの体なのです。しかし、最初はたった1個の細胞でした。「受精卵」と呼ばれる細胞です。
「あなたのからだができるまで」という展示では、赤ちゃんの体が作られていく過程の模型に実際に触れることが出来ます。
下の写真の一番左、直径約0.1mmの小さな粒が、実際の受精卵と同じ大きさの模型です。お母さんのおなかの中で日を追うごとに大きくなり、受精後50日くらいで、やっと頭や手足が見て分かるくらいまで成長します。
1個の受精卵が大きくなっているのではなく、細胞分裂をして細胞の数をどんどん増やし、増えた細胞たちがそれぞれの役割に応じて体の形や機能を作り上げているのです。生まれた後も、増える役割を担う専門の細胞たちによって、一生、体の様々な場所で細胞分裂は起こっています。細胞の「増える」力は壮大です!
細胞のはたらき その2【働く】
2つ目のはたらきは、文字通り「働く」こと。体を動かして、生きていくために必要な機能を果たすということです。「あなたの中で働く細胞」という展示では、大きなモニターの前に立つと、ちょっとシュールな棒人間が現れ、あなたの動きに合わせて動き出します。そして、呼吸や、運動、消化といった、生きていくのに欠かせない働きを担う、細胞や細胞がつくりだすタンパク質たちが、どこでどんな風に働いているかを見せてくれます。
細胞は、ただ体の「かたち」をつくっているだけではありません。体のあらゆるところで役割分担をして働いています。例えば「目の細胞」といっても、その中には、光を感じる細胞、色を感じる細胞、ほかの細胞を助ける細胞などなど、とっても細かく役割が分かれています。色を感じる細胞に至っては、なんと赤・青・緑それぞれで担当する細胞が違うのです! ほかにも、肺では、血液中の二酸化炭素と酸素を交換する細胞や吸い込んだ空気の中のちりやほこりを除去する細胞、すい臓では、食べ物を消化するすい液をつくる細胞や血液中の糖の量を調整するホルモンをつくる細胞・・・といったふうに、全身で見るとなんと約270種類もの役割分担があるそうです。私たちの体の仕組みの複雑さを、なんとなくイメージしてもらえるのではないでしょうか。
細胞のはたらき その3【再生する】
3つめのはたらきは「再生する」こと。傷ついた部分を修復する「治る力」です。
例えば、腕や足の骨が折れてしまったとき、程度にもよりますが、ギプスで固定するだけで自然と治ることがあります。これって、よくよく考えたらすごいことだと思いませんか? まず折れた部分に血液の細胞や「体性幹細胞」という特別な細胞などが集まってきて、仮骨と呼ばれる少し強度の低い「仮の骨」が作られます。その後、仮骨を吸収する細胞(破骨細胞)や、新しい骨をつくる細胞(骨芽細胞)のはたらきによって、徐々に骨が治っていきます。骨折までの大きなケガでなくとも、小さな擦り傷などが自然に治ることを経験したことがある方は多いのではないでしょうか。
展示室中央にある「くらべる幹細胞」という展示では、傷付いた体を修復するのに欠かせない「体性幹細胞」をはじめとした、3つの「幹細胞」の実物を、顕微鏡を通して見ることが出来ます。
例えば下の写真は、幹細胞のなかで唯一普段から体の中にある「体性幹細胞」で、細長くトゲトゲしたものがそれぞれひとつの細胞です。
細胞の力を借りる再生医療
しかし、けがや病気でひどく傷ついてしまった場合、元からいる細胞の力だけでは治せない場合があります。そこで、体の外で作ったり育てたりした細胞を、患者さんの体に移植するなどして失われた機能を回復させようという研究が盛んに行われています。「再生医療」と呼ばれています。
そのときに重要な役割を果たすと期待されているのが、先ほどの「幹細胞」です。役割分担がまだ決まっていなくて、色々な種類の細胞になれる(これを分化と言います)細胞のことを言います。人間で例えるなら、将来に多様な可能性を秘めた若者のようなイメージです。細胞の世界では成人していったん職業(=役割)が決まると基本的に転職できません。
「くらべる幹細胞」では、この再生医療での利用が期待されているES細胞とiPS細胞という人工的につくられた幹細胞を見ることもできます。これらは、先ほどの体性幹細胞よりも分化できる細胞の種類が多く、体の中のほとんどの細胞に分化することが出来るので、人間で例えるなら、まさに赤ちゃんでしょう。
ただし、これら二つの細胞は、分化できる性質は似ていますが、作り方や特徴が大きく異なるので、その点は注意が必要です。ES細胞は、受精卵が成長しはじめてまもなく、数を増やした細胞のなかでまだ役割が決まっていないものを取りだして培養したものです。もう一方のiPS細胞は、皮膚や血液など、すでに役割分担が決まった細胞を操作して、役割が決まる前の状態まで時計を巻き戻してあげた細胞です。
「交通事故によって不自由になった体をもう一度自由に動かしたい」、「難病に対する治療薬を開発してほしい」。そんな患者さんの願いを、再生医療はかなえてくれるかもしれません。
ですが、良いことばかりではなくて、幹細胞から分化させた細胞がうまく働かないかもしれないとか、ガン化するかもしれないなどといったいくつかのリスクがあります。リスクがあるなら治療は受けたくない、と思う人もいるかもしれませんし、また、試験管の中で操作された細胞を自分の体に移植すること自体に抵抗がある人もいるかもしれませんね。
さらには、細胞を操作するということ自体が「命を操作する」ことにつながるのではないかと心配する人もいるでしょう。幹細胞の技術を使えば、試験管の中で新しい命を作ることもできてしまうかもしれません。現在、幹細胞から作った精子と卵子を受精させることは禁止されていますが、倫理的な側面も慎重に議論しながら研究を進める必要があります。
常設展示「細胞たち研究開発中」では、iPS細胞を利用した研究の例を、「細胞シアター」というミニシアター型の展示で見ることが出来ます。10分程度の物語を通して、iPS細胞をつかった医療を受ける未来を想像し、最後に、自分が主人公だったらどうするか、という選択をしてもらいます。
※なお、細胞シアターは、現在新型コロナウイルス感染症拡大防止のため休止しています。最新情報はウェブサイト(https://www.miraikan.jst.go.jp/)をご確認ください。
ここまで、細胞が持つ【増える】【働く】【再生する】という3つのはたらきを中心に、細胞のすごさを見てきました。細胞のおかげであなたの命は保たれ、生きているということを実感してもらえると嬉しいです。さらに細胞をつかった新しい医療の可能性とリスク、ひいては生命倫理についても理解を深めていただけるのではないでしょうか。
ぜひこの展示を見て考えたことを、フロアにいる科学コミュニケーターに教えてください!