イベントや会議、授業、飲み会など、さまざまなことが急速にオンライン化する中、みなさんは、こうした新たな体験にどんな気持ちを抱いていますか? なんだか物足りない? 便利で助かっている? 捉え方は一人ひとり異なると思いますが、「直接集まったときとは何かが違う」「いままで当たり前だった何かが欠けている」という感覚を少なからず抱いていることでしょう。では、いまのオンラインでのコミュニケーションでは実現できていないことっていったい何なのでしょうか? 異分野の2人の研究者と一緒に考えるオンラインイベントを開催しました。題して「研究エリア公開ミーティング」。
これは未来館の「研究エリア」*に在籍する研究者と視聴者のみなさんが、フラットに意見を交わすために公開で行うミーティングです。この記事では、ファシリテーターを務めた科学コミュニケーターの田中が、ミーティングの“議事録”代わりにイベントの内容を一部ピックアップしてお伝えします。ミーティングの動画はYouTubeで公開しているので、よろしければそちらもご覧ください。
研究エリア公開ミーティング vol.1
「どうしたらオンラインでの体験にもっと満足できるのだろう?」
https://www.youtube.com/watch?v=RQY7KxcJHvs&feature=youtu.be
研究者の視点から、オンラインでのコミュニケーションを見ると……
今回お呼びしたのは、人間の無意識について研究している心理学者の渡邊克巳先生(早稲田大学理工学術院教授)。そして触覚やVRなどのテクノロジーの研究者である南澤孝太先生(慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)。南澤先生は遠くの人とのコミュニケーションや体験の共有を実現する技術も生み出されています。
ミーティングのテーマは、「どうしたらオンラインでの体験にもっと満足できるのだろう?」。研究者の目から見て、これはオンラインでは実現できていない、と感じているのはどんなことなのでしょうか。心理学とテクノロジーというまったく異なる分野のお二人と一緒に、視聴者のみなさんのコメントを拾いながら議論を進めました。その中で挙がってきたのは、「コソコソ話」「意図しなかったコミュニケーション」「偶然」というキーワードです。
オンラインではコソコソ話ができない
オンラインツールを通したコミュニケーションと、直接会って行うコミュニケーションの大きな違いはどこにあるでしょうか? いまのオンラインツールの特徴について、渡邊先生から「良くも悪くも参加者同士のつながりがフラット(均質)になる」という指摘がありました。たとえば対面の授業であれば、参加する学生たちがどのくらい興味を持っているかは、それぞれが座る位置や視線などからわかります。ですが、オンラインでは参加者全員が均等に画面表示されます。もしくは、全員が画面をオフにすることもあるでしょう。このような状態では、だれが興味を持って聞いているのかを把握するのが難しくなります。授業以外にも、オンラインのフラットさが原因でうまくいきづらい例として、大人数の飲み会が挙げられました。飲み会に行くのは、たいていの場合全員と話ししたいからではなく、参加者の中の何人かと話したいからではないでしょうか。数人でコソコソ話したり、愚痴を言い合ったり、他の人との関係ではできない話をしたい。だから、「それができないオンライン飲み会の何が楽しいんだ? という話になる」と渡邊先生。コソコソ話が当たり前にできることって、実は大事なのかもしれません。
では、どうしたらコソコソ話をオンラインでできるのでしょう? オンライン会議のツールには、特定の参加者だけに話しかけるチャットの機能がありますが、それは有効なのでしょうか? 渡邊先生によると、やはりリアルな場でのコソコソ話とは違うようで、「チャットだと、送られてきた側は“聞こえなかったフリ”ができない」という指摘がありました。たしかに、自分が入りたくない話題が流れてきたとき、「ごめん、聞いてなかった」とごまかしたいシチュエーションは誰にでもありますよね。実際には聞いてしまったけれど、さかのぼってやっぱり聞かなかったことにしてしまうことで、自身を守れていた部分も大きいのかもしれません。リアルな空間であればそっとその場を離れることもできますが、オンライン上の同じルームではそれも難しそうです。
“必要じゃなかったかもしれない情報”が、実は大事
また同じ空間にいれば、コソコソ話も含めて、少し離れたところにいる人たちの会話が聞こえてきます。自分の興味がある話題だったから会話に加わる、あるいは、自分が知っていることについて困っていそうだから助け船を出す、など不意に聞こえてきた会話をきっかけに次の行動を起こすことがありますよね。「予期していなかった情報の伝達によって、思いがけず相手を知ったり、新しいアイデアが生まれたりしています」と南澤先生。一方で「いまのオンラインでのコミュニケーションツールは、“必要な情報”を特定の相手に伝えることは得意だけれど、日常のコミュニケーションでは“必要じゃなかったかもしれない情報”を伝えることが実は大事だと思います」とおっしゃっていました。また、ご専門の触覚の領域ではいま、オンラインでの会話の最中に参加者同士が机の振動という情報を共有することで、一緒にいるような感覚をつくり出す実験に取り組んでいるそうです。コップを置いたときなどに生じるちょっとした振動があれば、相手がそこにいるように感じられて親密度が上がるのではないかという仮説を検証する実験です。もしかすると私たちの人間関係は、こうした触覚を含め、意図しないコミュニケーションや情報の伝達によって支えられているのかもしれませんね。
オンラインでの「偶然」を、どう起こす? どう感じさせる?
議論は視聴者からのコメントを取り上げながらさらに発展します。「たまたま授業で隣にいた人と仲良くなるということが、オンラインではなくなる」というコメントをきっかけに、オンラインでの「偶然」についても考えました。現在、マッチングアプリなど偶然をつくりだすサービスも出てきています。南澤先生からは「だれかがつくったサービスに自分の人生をゆだねることになるのは、気になります」という問題提起がありました。サービスの中にランダムな要素を入れることでつくりだされた偶然を、私たちは真の偶然と受けとり、そして受け入れるのでしょうか? これに対して渡邊先生は「ランダムと偶然は違う」「偶然は必然のように、もっというと運命のように感じるものではないか」とおっしゃっていました。そして、私たちがある出来事や出会いを必然や運命と感じるか否かの重要なポイントは、「自分の行動による結果である」と感じるかどうかだそうです。ということは、そう感じさせることで、簡単に人の“運命”やそこから感じる“喜び”はつくれてしまうかもしれません。果たしてそれでよいのか、についても考えなければいけませんね。みなさんはどう思いますか?
触れるとは? 心とは? つながりとは?
オンラインでのコミュニケーションが急速に進む中で、私たちはいま、さまざまな違和感を覚えています。渡邊先生は、時間が経てば感じなくなってしまうこの違和感を探ることはいまのタイミングでしかできないことだと指摘されます。その探求によって私たちのコミュニケーションがどういうものか知ることができる、と心理学の研究対象としてのおもしろさも語ってくれました。加えて、南澤先生の専門である触覚についても、「触ることで人の心はどう変わるのか」「我々の一体感にどのように影響を与えるか」という点に強い関心を示されていました。
今回のブログでは、オンラインで“実現できていないこと”に注目してお伝えしましたが、実際にはできるようになったこともあります。南澤先生が挙げられたのは、人類全体が移動せずにつながるようになったことで、たとえば障害によって外出できないために社会と接点をもちにくかった人が、あらゆる人とフラットにつながれるようになったこと。リアルな空間でのつながりの意味を探りつつ、オンラインでさまざまな活動ができる可能性を広げていきたい、と語ってくれました。
次回の研究エリア公開ミーティングもお楽しみに!
いかがでしたか? 1時間という限られた時間では足りないくらい、興味深い話が盛りだくさんのミーティングになったと思います。このブログではお伝えしきれなかったお話もたくさんありますので、ぜひYouTubeのアーカイブをご覧ください。
今後も、未来館の研究エリアでは、さまざまな研究者の組み合わせで公開ミーティングを行う予定です。研究者とは異なる視点をもった視聴者のみなさんが、ミーティングの大事なメンバーです。みなさんのご参加をお待ちしています!
*未来館の「研究エリア」とは
展示エリアの隣にある「研究エリア」には最先端の科学技術研究を進める12の外部プロジェクトチームが常駐しています。化学、生命科学、ロボット工学、情報学、認知科学、心理学など多様なプロジェクトチームが、日々研究にとりくんでいます。ですがここは、研究者だけのための場所ではありません。来館者のみなさんが最先端の研究に参加する場所でもあります。研究者たちは、ともに研究を進め、未来をつくっていくために、みなさんをお待ちしています。