前編では、農業保険の中でも特に重要な損害評価について、リモートセンシングを使うことでより信ぴょう性高く効率的に行なえる方法の構築を目指す取り組み「食料安全保障を目指した気候変動適応策としての農業保険における損害評価手法の構築と社会実装」プロジェクトについて紹介をしました。
前編はこちら /articles/20200721post-348.html
後編では、千葉大学環境リモートセンシングセンター本郷研究室で、リモートセンシングを用いた損害評価について研究を行っているラニ・ユダルワティさんのインタビュー内容を紹介します。
「どのように農地を管理・活用すれば持続可能な土地開発が出来るのかに興味」
松島 ラニさんの出身はどちらですか?
ラニさん 首都ジャカルタで生まれ育ちました。典型的な都会っ子です(笑)。
松島 実は私も都会育ちであまり農業には馴染みがありません。ラニさんは農業と関わりはありましたか?
ラニさん 私の両親の故郷はバリ島です。バリ島はジャワ島に次いでコメの生産量が多い地域で、私の親戚の中には農家の人もいます。農業には親しみがあり、私たちにとっては近い存在です。
松島 農業の研究に加わることになった経緯を教えてください。
ラニさん ボゴール農科大学の修士課程で、リモートセンシングを使って土壌科学と土地利用の変化について調査をしていたのが、今の農業の研究をするきっかけになっています。インドネシアでの土地利用において優先されるのは農業です。これまで、多くの森林が農地へと変化を遂げてきました。この変化はなぜ起きたのか、どのように農地を管理・活用すれば持続可能な土地開発ができるのか、ということに興味があります。
「衛星画像から、水田一つひとつの被害状況を正確に評価するのはとても難しいチャレンジ」
松島 ラニさんが現在取り組んでいる研究について教えてください。
ラニさん 私は人工衛星のデータを使って病虫害による被害を検出する研究をしています。まずは現地で被害が発生した水田でイネの被害程度や、イネから反射される電磁波の特徴などを調査します。次に、この調査データを取得した同じ場所を衛星データ上で特定し、人工衛星に搭載されたセンサーが取得したデータの解析をします。これらの、現地調査したデータと衛星画像から得られたデータを使って、被害程度を評価するための法則性を見つけるシュミレーションモデルを作ります。このモデルをテストサイト全域(250ヘクタール)に展開して、病虫害の損害率を算出します。衛星画像という広大な範囲をカバーする画像を解析することによって、地上の水田一つひとつの被害状況を正確に評価するのはとても難しいチャレンジです。
松島 今はどれくらいの精度で評価が出来ているのでしょうか?
ラニさん 今はまだ誤差が大きくてモデルの当てはまりが良くないのですが、本郷先生からは「現地でのデータ取得方法と画像データの整合性を再確認したらどうか」とか「データの見方やカテゴリ分けを変えてみたらどうか」とアドバイスをもらいながら進めています。現在だと10%くらいの誤差はありますが、できれば5%レベルを目指しています。
松島 とても大変そうですね。
ラニさん もちろん、これは研究なので簡単ではありません。どうすれば現地の被害に適した評価ができるのか、モデルを作っては当てはめ、作っては当てはめ、をたくさん繰り返しながら、最適なモデルを探しています。そして、今プロジェクトが取り組んでいる一部の地域だけではなくて、西ジャワ州全体に拡大させていきたいと考えています。
「インドネシアに戻ったら研究を多くの人に共有して、持続可能な農業を実現したい」
松島 博士課程を取った後にやりたいことを教えてください
ラニさん たくさん、あります(笑)
松島 インドネシアに戻る予定ですか?
ラニさん はい、インドネシアの大学に戻る予定です。その前に、本郷先生の下で今の研究分野についてもっと多くのことを学んだり経験したりして、それをインドネシア側の現場で共有しなければいけません。農業はインドネシアにとって重要ですが、研究としてはまだまだ少ないのが現状です。私がインドネシアに戻ったら、持続可能な農業を実現したいです。
松島 この記事の読者の方にメッセージをお願いします
ラニさん 私たちの地球は、気候変動のために非常に変化しています。その影響は様々ありますが、特に農業に大きな影響を及ぼします。私たちは食べなければ生きていけませんし、食べるのが好きですよね。しかし、作物を植えるだけでは問題は解決しません。どのように作物を育てるのか、うまく管理していくのかというのを科学技術を使って行うことが必要です。これは大人だけではなく、若い皆さんにとってもこの先の食料を得るために重要なことです。今日からみんなで考えていかなければ、将来私たちは何を食べるのでしょう?
取材後記
SDGsの“S”は“Sustainable=持続可能な”という意味です。5年間のプロジェクトが終了した後も現地の人々にとって持続可能な農業保険であるために、未来を想像しながら今に取り組む本郷先生とラニさんの姿がとても印象的でした。
私たちの周りにある食べ物、日用品、エネルギーは持続可能なものなのでしょうか。あることが当たり前になってしまっていて、それが持続できない可能性があることを忘れがちです。そんな視点を今回の取材を通じて改めて感じました。
「今日から始めなければ、将来の私たちはどうなるのか?」というラニさんからの問いに、「私は未来のために、こんな選択・行動をしています!」と言えるように、日々考えながら過ごしていこうと思います。
お忙しい中、快く取材に応じてくださった本郷先生とラニさんに、心より感謝申し上げます。
SDGsリレーブログでは、地球規模の課題を日本の研究者が、海外の研究者と共同で取り組むSATREPS(サトレップス、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)の活動を連載で紹介しています。