【研究を加速!】未来社会をつくる実証実験

誰もが参加できる場所で研究する意義は? 研究者に聞いてみた (前編)実証実験事例の紹介

私たちが新しい科学技術の恩恵を受ける場面の多くは商品やサービスとして実用化されたものを使うとき。でも、その裏側では少し先の未来の生活を描き、その実現に必要な技術をときには新たにつくり、未来をひらこうとしている研究者がいます。それでは研究者は、どんな科学技術で、どんな未来をつくろうとしているのでしょうか?
日本科学未来館では、まだ社会で実用化されていない最先端の研究や新しい技術を、館内でみなさんに体験し、研究に参加していただく実証実験「オープンラボ」を行っています。この実証実験イベントは、開発段階の研究を実際に一般の方に体験してもらうことで、「もう少しこうしてほしい」「こんなことにも使えるかも」などといった声を集め、みなさんと一緒により良いものにしていく研究の一環です。これまでたくさんの方々にこうした実証実験に参加して頂きました。みなさんに参加頂いた研究の数々はその後どうなったのでしょうか?来館者のみなさんと対話することで、研究がどのように変わっていったのでしょうか?

※ 未来館オープンラボの紹介サイトはこちら https://www.miraikan.jst.go.jp/research/openlab/

オンラインイベント「【研究を加)速!】未来社会をつくる実証実験」では、未来館で実証実験を行っている4名の研究者に、ご自身の実践事例をお話し頂き、誰もが参加できる場で研究を進めることの意義について語り合われました。研究者たちが、どのような思いで研究を進めているのか、その一端をお見せするイベントになりました。
このブログでは、研究者の考えに触れた伊達の感想を交えて、イベントの様子をお伝えします!
登壇者は、産業技術総合研究所の佐々木洋子 (ささきようこ)さん、東京大学の東風上奏絵(こちがみかなえ)さん、東京女子大学の山本寿子(やまもとひさこ)さん、ナノ医療イノベーションセンターの厚見宙志(あつみひろし)さんの4名です。

4名のイベント登壇者

それでは、登壇者の方々はどのような実証実験を行ってきたのでしょうか。まずは佐々木洋子さんの事例から紹介します。

展示フロアを自律移動ロボットが走行!未来のあたりまえを体験する実証実験

※佐々木さんが開発する自律移動ロボット「ピーコック」に関する科学コミュニケーター保科のブログはこちら
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200820post-356.html

ピーコック走行実験の様子

佐々木さんは『生活の身近にあるものがなんでも自律移動することがあたりまえな未来』になっていると嬉しいと話します。その実現に向けて、未来館の3階展示フロアをフィールドに実証実験を行っています。未来館の展示フロアには、研究室の中と違ってお客さまがいます。ロボットに近づいて取り囲んだり、逆にロボットの接近に気づかなかったり……。ロボットにとっては過酷な環境ですが、こうした状況の中でも適切な判断をして自律移動をしている、これがまさに佐々木さんの目指す自律移動ロボットなのです。

このような未来のロボットを研究するうえで、目指す環境に似た場面で実証実験を行うことが研究の大きなポイントだと佐々木さんは話します。
例えば、佐々木さんは当初、ロボットが公共の場で効率的に人を避けるためには、人が多く通るルートを学習させ、そこを避けつつ目の前の人を避けることが良いのではないかと考えて研究を進めていたそうです。しかし実際に未来館でロボットを走行させると、未来館の展示フロアでは人が多く通るルートがなく、別のアプローチで人を避ける必要があることが分かりました。この例のように実証実験で実用化するまで浮き彫りにならなかったかもしれない課題を事前に見つけ、予め解決していくことで研究を加速させます。

さらに、研究者の考える“少し先の当たり前”を一般の方に楽しく体験してもらうことも佐々木さんの目標達成に向けて重要です。『研究者は新しい技術で生活を豊かにしたいと思いながら日々研究を進めているのですが、生活者にとってはそれが日常空間にいきなり入ってくるとやはり抵抗があるものです。実際の生活の場で使う前に、科学館といういわば非日常的な場で、新しい技術をまずは体験してもらい、少し先の便利な生活を想像してもらうことも実証実験の一環』と佐々木さんは話します。

佐々木さんの話を聞きながら、私が未来館で自律走行ロボットが走っている様子を何気なく見て、ときには行く手を阻んで遊んでいたことが研究の一環だったと思うと少し嬉しくなりました。研究に参加する!というと崇高な感じがしますが、これも参加の一つの形なのかなと感じました。

子供に寄り添うロボットとは? 参加者と一緒に知能ロボットの機能を考える実証実験

2人目に紹介するのは東京大学の東風上さんの事例。東風上さんが目指すのは、何かの仕事をしてくれるというよりは、子供に寄り添うロボットをつくることです。
一人っ子だった東風上さんは子どものときに他の子とどう接すれば良いか分からなかったことがあると話します。この経験から、他の子と触れ合う練習相手になったり、人と上手に接することができなくてもその存在を受け止めてくれたりするようなロボットのありかたを研究しています。

未来館では、ヒト型ロボット”ペッパー”と東風上さんが二人三脚でプレゼンを行い、それを聞いたお客さんの反応観察とアンケート調査を行っています。

子供に寄り添うロボットの将来像 (左)と実証実験の様子 (右)

コミュニケーションを扱う東風上さんの実証実験では、ロボットが正常に動作するかだけでなく、ロボットに対する参加者の反応を集めて、それを分析することが重要です。
実証実験を行うメリットは、『ロボットに対する参加者の反応を、私が直接観察できること。そして、参加者と直接対話することでアンケートでは汲み取れなかった、その人の背景を含めた話を聞けること』だと東風上さんは話します。
特に、大人と比べて想いを言葉にするのが苦手な子供が対象の研究では、子供がどういう風にロボットを見ていて、日常の中にどういう風にロボットがいて欲しいかの背景を含めて意見を知ることが、研究を加速させる原動力になるのだそうです。

参加者全員が持つ「心」を解明する!心理学の実験

3人目は東京女子大学山本さんの事例。山本さんは発達心理学者として、「スムーズな意思疎通には、表情や声色などの感覚がどれくらい重要なのか」を解き明かそうとしています。
私たちは、相手が怒っているのか嬉しいのかなどを、相手の表情や声色から読み取っていきます。小さなお子さんが大きくなっていく過程で、「表情と声色にどれだけ比重を置くのか」は変わっていくのでしょうか。未来館で来館者に参加してもらった実験では、日本人は5-12歳の時期に表情での判断から声色の判断に移行することを突き止めました。

表情を読み取るさいの、発達課程における聴覚と視覚の比重を調査した結果

『未来館の参加者は先端科学に触れるイベントに参加しているんだ!という前向きな気持ちの方が多く、主体的に参加してくれることがありがたい』と話します。また、実験終了後に研究内容を参加者に説明し、30分ほどお話しする時間を設けることで次の研究の種を探っているそうです。例えば、『この研究は何の役に立つの?という素朴な疑問から生まれる対話の中に参加者と心理学の接点を探ることで、次の研究の種が見つかることがある』と山本さんは話します。

東風上さんと山本さんの話を聞きながら、コミュニケーションという形がない研究は何気ない私たちの会話や反応の中に研究の種が潜んでいる。そしてそれを見つけるためには研究者と参加者が直接話して意見交換することが大事だと感じました。実証実験というと完成間近のものがあってそれを試す場だと思っていましたが、研究の種をつくる段階から関われることは私が研究者と一緒にこの研究をつくりました!と言えそうでワクワクしました。

みんなで進める医療革命! 未来の医療構想「体内病院」を対話を通してともにつくる実証実験

最後にご紹介するのは、ナノ医療イノベーションセンター (iCONM)厚見さんの事例です。
厚見さんは、大学や研究機関の研究者、医師、企業など様々な方を巻き込んで新しい未来の医療のかたちをつくろうとしています。
厚見さんは前職で、研究者としてがんの治療法を研究していました。そのときに生活の制限や痛みが伴う疾患の治療は、医療の観点でみた「治る」だけでなく、患者さんが望む生活の形やそれを取り巻く社会環境を含めて未来の医療を考える必要があると感じていたそうです。社会環境までを含めた医療を考えるには、いろんなスキルや考え方を持つ人と連携することが近道だと考え、研究者からナノ医療イノベーションセンターで研究開発コーディネーターに転身されました。

厚見さんたちが描く未来の医療のかたち「体内病院」では、これまで病院が担ってきた役割、つまり、病気の検出や診断、治療や予防といったことを、体の中に入れた小さな粒子 (ナノマシン)が担います。こうすることで、本物の病院に行かなくても、みんなが健康を維持できる社会を目指しています。

体内病院の目指す未来医療

『壮大な目標に向けた研究開発では、その内容と市民が日々の暮らしから求めているものにギャップができる懸念が常にある。継続してコミュニケーションを取り、その結果を研究開発に組み込んでいくことが社会実装を進める近道』と厚見さんは話します。

体内病院の構想は、壮大すぎてピンとこなかったり、怖いと感じてしまうかもしれません。未来館では、アンケート形式の展示”オピニオンバンク ”を使って、その技術を受け入れられるか(受容度)の調査を行い、結果を全体会議で広く共有する取り組みを行いました。
『調査の結果、私たち目指す体内病院の使い方と市民の望む使い方に認識のズレがあることが分かりましたが、それは悪い結果ではなく、そのことを研究にフィードバックしていくことが重要』と厚見さんは話します。他にも、調査結果を受けて来館者と体内病院について直接対話するイベントを実施を通して参加者の声を集める活動を行っています。

厚見さんの話を聞き、壮大な目標を掲げて研究開発を進めている方々に、私たちの細かな懸念や淡い期待を伝えることが目標の着地点を変え得るところが面白く、体内病院で考える技術が実用化されたとき、あのとき厚見さんと話したことだ!となるとよいなと感じました。

次の記事では、各登壇者の視点で”研究を加速する実証実験”についてディスカッションした内容を伝えします。実証実験で届けた参加者の声は研究者にどんな影響を与えたのか、また研究者は実証実験を行った先にどんな未来を想い描いているのか。
次回のブログもお楽しみに!

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