ノーベル賞の楽しみ方を科学コミュニケーターに聞いてみた―生理学医学賞チーム編

いよいよノーベル賞が始まります!
ですが、「正直ノーベル賞なんて、どう楽しんだらいいかわからない」という方も多いのではないでしょうか。

日々、研究の面白さを追求する日本科学未来館の科学コミュニケーターたちは、ノーベル賞をどのように見ているのでしょうか。この記事では科学コミュニケーターへのインタビューを通してノーベル賞の楽しみ方を紹介します。

インタビューブログ三部作、第一弾。
まずは、生理学医学賞チームの3名です。

「遺伝子」が研究のひろがりを楽しむ鍵!
科学コミュニケーター・三澤 和樹(みざわ かずき)

今年のノーベル生理学医学賞の魅力をどのように伝えていけば良いか。
「遺伝子をテーマにその歴史をふりかえる、というのがドはまりした」と、チームリーダーの三澤さんは話します。今年の生理学医学賞チームの活動テーマは「遺伝子」。その存在が具体的にわかり始めて以降、あらゆる分野の発展に欠かせないものとなりました。

日本科学未来館 展示「細胞たち研究開発中」と三澤さん

「1950年ごろからふりかえると理解しやすくて面白いです。さらにそこから、遺伝子の役割についての見方がどんどん変わっていきます。その様子がとても面白いです」

親から子へと身体の特徴は受け継がれます。そのとき、“何か”によって受け継がれているという考え方は昔からありました。1940年代、じょじょに“何か”の正体がA, T, G, Cの4つの塩基で作られるDNAであることがわかってきました。さらに1950年代、二人の研究者、ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造について発表したのは有名です。

正体がわかり始めた当初、DNAは遺伝子として体に必要なタンパク質を作るものとシンプルに考えられていました。しかし、DNAから作られるRNAが遺伝子から作られるタンパク質の量を調節していたり、遺伝子が適切なタイミングで読まれるような仕組みもあったりと、遺伝子はもっと複雑で巧みな仕組みでコントロールされながら働いていることがわかってきました。新しい発見とともに変わり続けるこうした研究はまさに、「遺伝子をめぐる終わらない旅」と言えます。

「小さいころに、『自分の体はどうなっているんだろう』と思った人は少なからずいるのではないでしょうか。そうした身近なところにあるちょっとした疑問に、科学を楽しむきっかけはあります」

三澤さんが細胞や遺伝子に興味を持ったきっかけは、小学校6年生のときに病気になったこと。小学校で習った細胞の話をふと思い出し、「あぁ、なるほど!自分の体の中で起こっていることなのか」と腑に落ちた瞬間があったと言います。その経験がもととなり、大学では細胞とその中で働く遺伝子について研究していました。

さらに三澤さんは、遺伝子を入口に生命現象を見ると、生理学医学に関係した幅広い研究が、わかりやすく、おもしろく見えてくると言います。

「ゲノム編集やiPS細胞といった少し難しそうな話を楽しむにも、遺伝子の考え方はとても役に立ちます。ノーベル賞のイベント前後に限らず今後、来館者や視聴者の皆さまがこうした研究をもっと楽しめるようになったら嬉しいなと思います」

生命は謎だらけだから、おもしろい
科学コミュニケーター・竹下 あすか(たけした あすか)

「基礎科学は、正直なところとっつきにくいなぁと感じます」
と、竹下さん。

「ヒストンの解説を読み解くのに骨が折れました」

ノーベル賞受賞研究の多くは、新しい発見や原理の解明など、科学の発展の土台となる基礎的な分野のものです。もともと竹下さんは農業現場に近いところで研究や仕事に取り組んできました。そうした現場では、基礎科学の知識や技術を応用する立場にありました。

「基礎科学は道がせまい感じがします。ある知識に一度つまずくとすぐ、わからなくなって先に進めなくなります。もちろん応用科学にも独特の難しさはありますが、あの手この手…と、いろいろ方法を検討して目標にたどり着けばよいので、たくさんの道を選べます」

基礎科学はひとつの真理に向かって正しい道順を通らなければならない、というイメージがあるのでしょう。また、つまずくストレスは私も身に覚えがあります。学校の授業でふとわからなくなり取り残されていくのを何度も経験しました。

生理学医学チームは、「遺伝子」をテーマにノーベル賞をリサーチしています。その多くはやはり、基礎科学。一方、そうした研究の魅力について聞くと、楽しそうに話してくれました。

「人のDNAはおおよそ30億塩基対あって、そのうちのたった1対2文字が違うだけで病気になることもあります。それでよく生きているなぁと思います。生命ってすごい」

A, T, G, Cの4文字で綴られる私たちの体の設計図は、本として印刷すると170冊ほどにもなります。そして、この超大作の大部分はまだ謎に包まれています。

「生命っていったい何でしょうかね?でも、それがわからないから面白いと思います」

いつの間にか基礎科学の研究者が言いそうなセリフをさらりと話す竹下さん。ノーベル賞イベントの活動でどのような話をしてくれるか、とても楽しみです。

ノーベル賞は面白い。人に与えられるものだから。
科学コミュニケーター・小林 望(こばやし のぞみ)

蚊の分類を専門としていた小林さん。チームリーダーの三澤さんと一緒に、2019年も生理学医学賞チームメンバーとして活躍していました。小林さんのバックグラウンドを活かし、蚊が媒介する世界三大感染症の1つ、マラリアが昨年のテーマでした。

昨年のイベントのようす。左から一番目が三澤さん、二番目が小林さん

「実はもともとノーベル賞にはあまり興味がありませんでした」

ノーベル賞イベント担当としてベテランになりつつある小林さんはこのように話します。

「ですが、今はとても面白いと思っています。そのポイントは、受賞した研究の裏にある時代背景や人のストーリーにあります」

ノーベル賞は人類に最大の貢献をした人に贈られる賞ですが、「人類への最大の貢献」は、その時代ごとの様子によって変わります。逆に言えば、ノーベル賞が与えられた研究を知ると、その時代、皆が何に関心を寄せていたか読み解くことができるかもしれません。

また、ノーベル賞は亡くなった方には贈られません。その当時は認められていなかったが、時代が変わり注目が集まった。しかし、そのときにはすでに研究者は亡くなっていた。このような場合、ノーベル賞“級”の研究でも、受賞を逃してしまうことになります。こうしたところに胸を打つ人のストーリーが隠されていることがあります。

例えば、小林さんオススメのストーリーに岡崎フラグメントの話があります。
岡崎令治氏が発見したDNA複製方法の1つなのですが、それを完全に証明する前に白血病で亡くなってしまいました。
令治氏の意志を引き継いだのが、妻の岡崎恒子氏をはじめとした研究室のメンバーたち。その後のたゆまぬ努力により、岡崎フラグメントの実証に成功したのでした。

「今では、ノーベル賞の裏にある研究にも目が行くようになりました。ノーベル賞をとる、とらないの境目には人間ドラマがあります。ノーベル賞は人に与えられるものだから、おもしろいと思います」

研究者の生き様を調べてみると、面白いことがあるかもしれません!

科学コミュニケーター・トークの一場面

おわりに

いかがでしたでしょうか。学校で何となく習った「遺伝子」でしたが、研究の発展の基礎であり、生命の謎を解く鍵であり、その裏にたくさんの人間ドラマがあったことを思うと感慨深いものがありました。

なお、生理学医学賞チームのリサーチ内容を竹下さんがブログでまとめています。ぜひこちらもご覧ください。

それでは、第二弾も乞うご期待!

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