新型コロナウイルスの影響で物理的な接触が制限されがちな最近、“触りたいのに触れない”という場面が増えていませんか? では、そんな私たちの“触りたい気持ち”をテクノロジーは満たすことはできるのでしょうか?
この問いについて、身体的な経験をVRや触覚技術などのテクノロジーで共有する方法を研究する南澤孝太先生と、柔らかい物質を“印刷”する3Dゲルプリンタの研究を進める古川英光先生とともに考える視聴者参加型ミーティングを行いました。お二人とも未来館の「研究エリア」にラボをもっている研究者です。
このブログでは、ミーティング内容から一部をピックアップしてお伝えします。
※ アーカイブ動画はこちら https://www.youtube.com/watch?v=otFdMp__7uU
“触る体験”をつくるテクノロジーとは? (8:35~)
南澤先生は、触覚や視覚など体で感じる経験をデジタル化して、距離や空間を超えて伝えることができるかを研究しています。例えば、あなたが猫や犬を触ったときの「気持ち良い」と感じる体験。その触覚体験をどうやって分析し、組み立て、再現できるのでしょうか? 南澤先生は、体験全体を「質感」、「実感」、「情感」の3つに分けて研究していると話します。
人が何かに触るとき、対象のものがふわふわなのか、さらさらなのかなどを「質感」として感じます。そのとき、触る対象が確かにそこにあることを「実感」します。また触ることは、人と人のコミュニケーション手段でもあります。触れ合うことで安心感を得たり、ときには嫌悪感を抱いたりする。この心の動きを「情感」と呼んでいます。コロナ禍で触ることの制限が増えていますが、南澤先生はこの3つを組み合わせて生まれる触覚体験をスマートフォンやアバターロボットなどのデバイスで伝送し、触覚によって人と人をつなぐ研究を行っているのです。
また、南澤先生は“触りごこち”という主観的な情報を視覚化するとりくみも行っています。それが株式会社タイカと共同で行ったHAPTICS of WONDERというプロジェクト。直接触らなければ共有できなかった素材の触りごこちを下図のように視覚化することで、その素材独特の触覚的な魅力を伝えることを目標にしています。この事例はもう一人の登壇者、古川先生の研究と接点がありそうです。
触りごこちのよい素材とは?
古川先生は、こんにゃくやコンタクトレンズのようなやわらかい物質「ゲル」をデータとして転送し、印刷する3Dゲルプリンタの研究開発を進めています。
※ 古川先生の研究に関する未来館ブログはこちらhttps://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20200907post-360.html
古川先生の興味の対象は、触りごこちの良いものです。興味をもち始めたきっかけは、ゲルでクラゲをつくってみたところ、触ると予想外に気持ち良かったこと。これをきっかけに触りごこちの良いものに注目するようになったそうです。
ゲルにはいくつかの基本レシピ (化学的な分子の設計図)があり、それをもとに分子設計を変えることで触感を調整できるそうです。例えば、ゲルクラゲは主に生物学の実験で使われる、“電気泳動”(ゲルの中を進む速度の違いでタンパク質やDNAを分離する手法)で使うゲルのレシピを基本にアレンジして、クラゲの触りごこちを再現しました。
古川先生曰く「私たちの触りごこちに関する研究は、まだいくつかのゲルを試してみた段階。次のステップとして、設計段階でどんな触りごこちのものをつくるかを定め、そのうえで分子をデザインし、ものをつくっていけるとよい」と話します。例えば、しっとりした触りごこちのゲルをつくるという目的であれば、水分を含みやすい分子を選び、その性質を化学的に変えることでしっとり感を実現するなどです。
将来的には、「それぞれの地域にある材料の特徴を生かして、好みの触りごこちをもつものをつくれるようになれば面白い!」と話されました。
触る体験を共有するためには、どんな素材が必要か? (30:45~)
お二人が手掛けるテクノロジーを紹介したあとの対談では、触る体験を“共有”するテクノロジーについて、意見が交わされました。
南澤先生は、「触る体験を人に伝えるためには、“触覚的に透明な装置“が必要なんです」と言われます。“触覚的に透明な装置“とは、手にしているのに触れていることを感じない装置ということです。例えば、メガネをかけているのにメガネを探していた……という経験はありませんか? 常に触れているのに、触れていることを忘れた状態になる。これこそが“触覚的に透明な装置”の例です。
ではなぜ、触覚的に透明な装置がないと、触覚体験を伝えることが難しいのでしょうか?例えば転送されてくる触覚情報を受け取る装置がスマートフォンだったとします。柔らかい触覚を転送した場合、現在の金属でできたスマートフォンでは、その硬さが“転送されてきた柔らかさ”を邪魔してしまいます。このため柔らかさの共有に限界があるというのです。しかし、人の肌と全く同じ固さの素材を使って「触覚的に“透明”」(触覚を感じさせない)なスマートフォンやウェアラブルウォッチなどのデバイスをつくり、共有したい触覚情報だけを転送できたら、柔らかさや硬さなどさまざまな触覚を、場所や時間を超えて共有できるかもしれません。
このような装置を柔らかいゲルで実現できれば、という想いを込めて、ミーティングの中で「Airゲル」という発想が生まれました。
ここまでで話し合われたのは、触りたい気持ちを満足するテクノロジーの研究には、① 着けていることを忘れる状況をつくる研究と、② 触覚を転送する研究の二つがあることです。①を柔らかいゲルで目指すというのは「研究テーマとして面白い」と古川先生は話します。②はまさに南澤先生の研究内容です。2人の研究が交わり、“触りたい気持ちを満足するテクノロジー”が新たに生まれる可能性をミーティングの中で目にしました!
研究者が考える、触りたい気持ちを共有するテクノロジーがある未来 (54:00~)
触りたい気持ちを共有することが当たり前になった未来では、どんなことが起きるでしょうか? 自分では現実に体験できないはずの触覚を体験できる……なんてこともあり得るかもしれません。例えば南澤先生は、熟練の卓球選手がラケットを通して感じている触覚を、自分のラケットに転送する実験を行ったことがあります。実験中、選手がボールに回転をかけた瞬間、南澤先生の持っているラケットから“ギュイン”という触覚を感じたとのこと。それは自分が知っている“回転をかける感覚”とかけ離れていたことに驚きを感じたそうです。こんなふうに長い年月をかけて到達した匠の技を、触覚を通して体感する未来が実現するかもしれません。
次回の研究エリア公開ミーティングもお楽しみに!
今回のミーティングでは、視聴者のみなさんのコメントをきっかけに話がどんどん広がりました。その中で「Airゲル」をはじめとする新しい発想、つまり研究の種が生まれる瞬間を目の当たりにできたと思います。このブログではお伝えしきれなかったお話もたくさんありますので、ぜひYouTubeのアーカイブをご覧ください。