みどりの学術賞 研究紹介

引き出せ、植物の真の力!~仕組みを知れば、応用方法が見えてくる~

東京大学 理事・副学長、東京大学 名誉教授の福田裕穗(ふくだひろお)先生は「植物の木質形成機構の解明とバイオマス利用基盤の構築」に関する功績で、令和2年みどりの学術賞を受賞されました。10/18(日)に日本科学未来館から配信されたイベントでは、福田先生の研究とその魅力についてお話しいただきました。本稿はイベント内容の報告も兼ねています。

ポマトという植物をご存知でしょうか。

土の中ではジャガイモ(ポテト)がなり、枝にはトマトがなります。ポテト+トマト=ポマトというわけですね。一石二鳥で夢のある植物です。

ジャガイモ(左)とトマト(右)。ポマトはこの2つの良いとこ取り…?

しかし、二兎追うものは一兎も得ず。
じゃがいもはほとんど大きくならず、トマトはミニトマトよりも小さいものが少しできるくらいでした。

※ポマトを開発した当初の目的は産業応用ではありませんでした。ジャガイモとトマトは近縁種であるものの自然交配できない組合せです。この2つを細胞融合という手法で掛け合わせることが可能かどうかを調べる研究でした。

中途半端な作物になってしまった原因の一つとして考えられるのが、植物が一生のうちに利用できる太陽光の総量はある程度決まっているということです。トマトかジャガイモ、どちらかに集中させていたエネルギーがポマトでは分散したのでしょう。植物はなかなか人の思い通りにはいかないものです。

植物が一生のうちに利用できる太陽光の量はある程度決まっている。もし必要以上の光を当てると、葉焼けを起こすなど、場合によっては枯れる原因の一つとなる

「人が植物に手を加えるとしても、植物の(本来の)力を最大限に活かすことが大切です」

福田先生はこのように言います。

東京大学 理事・副学長、東京大学 名誉教授の福田裕穗(ふくだひろお)先生(2020年12月9日現在)

では、植物の力が存分に発揮されるのはどのようなときなのでしょうか。

たとえば、水が多い環境に適したイネ(水稲)は砂漠ではなかなか育ちません。もし、苦労して乾燥に耐えられるように改良できたとしても、思った通りには収穫できないでしょう。どんな環境でも生きられるよう備えるために大きなコストがかかるからです。それよりも、このイネが本来生息するような水がたっぷりある環境で、面積あたりの収穫量を多くするように改良した方が現実的かもしれません。

備えあれば憂いなし…とはいかないこともある?

うまく植物の力を借りるには、私たちは植物のことをもっと知らなければなりません。しかし、その多くは未だ謎に包まれています。

たとえば、植物の先端部分は一生のうちに茎、葉、花と巧みに体を変えていきます。この仕組みについても多くのことがまだわかっていません。

植物の茎の先端、根の先端は非常に複雑な仕組みを持っている

「体を形作る仕組みが植物と動物ではだいぶ違っていて、それがとても不思議だと思います。それをなんとかわかるようになりたいなと」

まさに、福田先生が取り組まれた研究が、植物が体の形を変える仕組みについてでした。

福田先生が目を付けたのが維管束(いかんそく)という組織。根の先から茎の先まで植物全体を貫いている管の束で、表面に近い部分にあります。水や栄養を全身に届けるとともに、体を支える役割をもっています。

木の年輪は維管束の跡。活発に細胞分裂が行われているのは表面に近い維管束の部分のみ。色が濃い中心部(心材)は死んだ細胞の集まりで、その外側の色が白い部分(辺材)は一部生きている細胞が残っている部分

維管束をざっくり3つの部分に分けると、木部(もくぶ)、篩部(しぶ)、形成層(けいせいそう)があります。木部にはおもに根から吸収した水やミネラルを通す管である道管(どうかん)や仮道管(かどうかん)があり、篩部にはおもに葉で作られた栄養分を通す篩管(しかん)があります。形成層の細胞は状況に合わせて自分自身を増やすか、新しい木部の細胞または篩部の細胞に変化して体を大きくします。

外側から、篩部、形成層、木部と並んでいる。形成層の細胞は自分自身を増やすか、篩部や木部の細胞へ変化する

植物の茎が太くなるとき、維管束ではこの3つがバランスよく増えます。このとき、もしバランスを崩して形成層の細胞全てが篩部または木部になってしまうと植物は困ってしまいます。それ以上、篩部も木部も作れず、大きくなれないからです。そのため、互いにうまくコミュニケーションをとる必要があります。では、このときいったいどのような”言葉”を使っているのでしょうか。

細胞どうしがコミュニケーションをとりながらバランスを保っている

福田先生は、ふだんはくっついている植物の細胞をバラバラにして培養しました。もしそれぞれの細胞が何かしらの“言葉”を使って情報をやり取りしているとしたら、その“言葉”に当たる物質が培養液に溶け出しているはずだからです。

培養液に細胞たちの“言葉”が溶け込んでいる?

そして、何年も研究を重ねるうちに、“言葉”の物質をいくつか見つけることができました。たとえば、アミノ酸が12個つながったTDIF(Tracheary Element Differentiation Inhibitory Factor:道管・仮道管分化阻害要因)という物質です。

まず、TDIFは篩部の細胞から出されます。TDIFが形成層にたどり着くと、次に「形成層の細胞は、篩部や木部の細胞に変化しないでください」という指令が出されます。それと同時に、「形成層の細胞は自分自身を増やすようにしなさい」という指令も出ます。結果、形成層の細胞が増えます。

TDIFを“言葉”として、増え方についてのコミュニケーションが交わされる。篩部が増えるとTDIFの量も増えるので、木部や篩部ばかりが増えすぎないようになっている

この研究は、植物を燃料などにするバイオマス利用に大きな影響を与えました。バイオマス用の植物は、植物の中心の木部の量と質をいかに改善できるかでその価値が決まります。

バイオマス植物の例:ゴムノキ。天然ゴムが採れるゴムノキは、古くなると伐採され、燃料として使われる
木の大半が木部の細胞

一方で、植物の中心部分をつくる木部だけに注目していては、良いバイオマス用の植物は作りだせません。なぜなら、TDIFの例でみたように、篩部、形成層、木部が互いにバランスを取りながら増えているからです。木部を増やすためにも、他の細胞は重要な存在となります。植物の体で起こっている細胞のコミュニケーションを理解してはじめて、植物の力を引き出すことにつながるのです。

おわりに

ここまで、福田先生の研究の一部を紹介してきました。また、過去のブログ記事で福田先生の別の研究についても紹介しておりますので、ぜひこちらもご覧ください。

植物は本当に不思議で謎に満ちた存在です。さらに、私たちの暮らしを豊かにしてくれる存在でもあります。こうした謎が解き明かされ、植物のさらなる魅力を知れると思うと、これからもとても楽しみですね。

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