行かなくても行ける?!画面のむこうは、はるか遠いあの場所でした。

行ってみたいけど、なかなか行けない!…そんな場所はありませんか?山の奥地にある絶景スポット、さまざまな動物が暮らすサバンナ、極寒の南極…例えばGoogleストリートビューを使うことで、家にいながらも世界旅行や街歩き、未来館のような施設内を見学することが可能です。しかし、残念ながらリアルタイムの画像ではありません。もし、遠く離れた場所をリアルタイムで楽しむことができたなら……今回は、そんな願いを可能にする“ある技術”をご紹介します。その技術を使った実証実験で、東京の街中からはるか遠い“あの場所”へと行かずに行ってきました!

行かなくても行ける

参加したのは「space avatar(宇宙アバター)」と呼ばれるアバターを使った実証実験。一般にアバターとは、SNSやゲームなどの仮想空間における自分の分身キャラクターのことを言います。space avatarは現実の宇宙空間にあるアバター装置に入り込むことで(アバターイン)、自分の分身として宇宙を体験できる装置です。そう、私が行かずして行ってきたのは、憧れの「宇宙空間」です!

きぼう実験棟に設置されたspace avatar(中央) (提供:JAXA)

写真中央が、space avatar。地上400km上空にある国際宇宙ステーション(ISS)の「きぼう船内実験室」にぷかぷかと浮かんでいます。2020年5月21日(木)、宇宙ステーション補給船「こうのとり」9号によって、他の実験機器とともにISSへと届けられました。space avatarにはカメラが搭載されており、地上からの操作で上下左右にカメラを動かし、船内の様子を見学することができます。

さっそく、会場である東京都港区にあるビルの一室からアバターイン!

宇宙とつながる操作盤 (©avatarin)

操作はとても簡単で、space avatarを動かしたい方向に合わせて、上の写真にある操作盤をタップするだけ!すると、20秒のタイムラグを経たのち、space avatarがグッとその向きに回転します。思い通りに動くspace avatarに、気持ちは高まるばかり…!!きぼう船内実験室をのぞいてみると、さまざまな実験機器やケーブルに加え、クリーム色の梱包された積み荷が並んでいるのが見えます。これらは、野口聡一飛行士たちが搭乗した有人宇宙船クルードラゴンで届けられた荷物なのだそう。普段、実験室内はスッキリと整頓されているため、このような光景はタイミングが合わないと見られません。それだけに、ひとりテンションが爆上がりです。なお、この日は休日ということで、宇宙飛行士たちも休暇中。運が良ければ船内を移動する宇宙飛行士に会えるかもしれないと伺ったので、画面を凝視し続けましたが、願い叶わず…残念!

クルードラゴンで運ばれた積み荷が並ぶ船内 (撮影:科学コミュニケーター中島)

space avatarをぐるっと窓の方に向けると、漆黒の宇宙と地球の姿を見ることができます。自分が操作しているアバターを通して、今まさに自分がいる地球を宇宙からながめるというのは、なんとも不思議な感覚でした。

きぼう船内実験室の窓から見える景色 (©avatarin)

発想の転換が打開策

今回の実証実験は、NASA(アメリカ航空宇宙局)やJAXA(宇宙航空研究開発機構)などの専門施設からではなく、東京の街中からISSにある装置を一般市民が操作するという点で、世界初の試みでした。そこで、space avatarを運用するavatarin社の千葉さんに、開発秘話を伺いました。

「これまで、NASAJAXAなどの特別な施設からしかISS内の装置を動かすことができませんでした。今回のように街中からコマンド(指令)をISSに送りspace avatarを動かすには、JAXAのネットワークを経由する必要がありますが、情報セキュリティの観点からJAXAのネットワークに直接アクセスすることは許されていません。そこで、考えたのが、操作盤から送ったコマンドを一度画像に変換するという方法です」。そして、その画像をJAXAのネットワークにつながったカメラが認識します。こうすれば、街中の操作盤とJAXAのネットワークをつながずに、コマンドを送れます!そのために、JAXAの管制室に、街中の施設のネットワークにつながっているディスプレイと、JAXAのネットワークにつながっているカメラを設置しました。

コマンドを送る具体的な流れとしては、まず実験会場にある操作盤からコマンドを送る(下図:STEP1)と、JAXAにあるディスプレイにコマンドが画像として映し出されます(STEP2 ①)。すると、カメラがその画像を認識(STEP2 ②)し、その後再度デジタルデータに変換されたコマンドがJAXAのネットワークを介してISSへと送信(STEP2 ③)される、という流れです。

「こうすることで、JAXAのネットワークに直接接続することなく、街中からコマンドをISSへと送信することが可能になりました。」と千葉さんは言います。デジタル通信の中にアナログな手法を取り入れるという発想の転換が、実験を成功へと導いたのです。

※コマンドは、JAXAから一度NASAの回線を経由してISSへと伝送されます。

space avatarの体験中、私が最も興奮したのが20秒間というタイムラグの待ち時間。スムーズに動かないからこそ遠く離れた宇宙を実感し、宇宙につながるための20秒間なのだと思うと、高揚感が高まりました。そのことを千葉さんに伝えると、「そういった感じ方をされた方々が意外といらっしゃって、正直驚きました。我々としては、なるべくタイムラグを短くしたかったのですが、システムの都合上、NASAJAXAなどが行う通常の通信に比べて長くなってしまいました。もちろん、動くまでに時間がかかると感じられた方もいらっしゃいましたが、そういった感じ方の違いは実証実験をしてみないとわかりませんし、とても興味深いポイントでした」。

会場のようす。体験中、参加者のマスクからは多くの笑顔がこぼれていました。 (©avatarin)

今回の実証実験は、宇宙でアバターがうまく動作するかを確かめるのが目的だったそうです。今後のspace avatarについて、「具体的な検討はこれからですが、地上の音声を宇宙に届けるような音声機能の搭載や、アバターインした人の顔を画面に映し出して、地球を背景に写真を撮れるような機能の追加を考えています。宇宙を身近に感じられるよう、宇宙飛行士に案内されながらISS内を見学するような教育的な使い方もできたら良いなと思います。一般の方が地上から宇宙を楽しむ以外に、宇宙飛行士の活動のサポートや、これまで宇宙飛行士が行ってきた作業の一部をアバターロボットが代用するというようなところまで、将来的には技術開発を進めたいです」と展望を語ってくださいました。宇宙飛行士の相棒がアバターロボット、それが当たり前になる時代が訪れるかもしれませんね。

アバターが浸透した未来社会

avatarin社では、space avatarの他に直立式のアバターロボット「newme(ニューミー)」の開発も行っています。newmeは、遠隔地にいる人とコミュニケーションをとりながら自由に移動することが可能で、すでに全国各地で実証実験が行われてきました。千葉さんは、「例えば、神奈川県にある介護施設にnewmeを置いて、直接面会ができない場合に患者さんとご家族がお話をしたり、長崎県の原爆資料館に置かれたnewmeに親子がアバターインして、施設の方と一緒に見学したりもしました。大分県にあるお寺で行った坐禅体験は面白かったですね。パソコンの前でじっと坐禅をする参加者の姿は、とてもシュールでした()。もし次回があるのであれば、坐禅の時に住職から肩を叩いてもらう体験が出来たら面白いなと思っています。アバターは仕組みが単純であるがゆえに、簡単にいろんな場所で使うことができます。その強みを生かせば、社会インフラとして機能する。そう思って、社会に浸透できるような、人が使いやすく馴染みやすいアバターロボットの開発を進めています。人が使いやすいという視点は、space avatarに関しても同じです。一般の人たちが使えるようにと、操作のしやすさを重視して開発を行いました。誰にとっても開かれた宇宙にしていくためには、こういった視点を持つことが重要だと思います」とおっしゃられました。実際に、未就学児のお子様も嬉しそうに体験を楽しんでいる様子でした。

newme (©avatarin)
会場では、newmeを使った筑波宇宙センター(JAXA)の見学も行われていました。気になる展示があれば、現地にいるスタッフの方が展示解説をしてくださいます。 (撮影:科学コミュニケーター中島)

新型コロナウイルスの流行によって、近くのデパートやご実家など、これまで気軽に足を運べていた場所が行きづらい場所になってしまった、と感じる方もいると思います。そんな時にアバターロボットがあれば、行かずに買い物ができたり、ご実家の中を自由に動き回りながらコミュニケーションがとれたりできるかもしれません。千葉さんのお話と実証実験を通して、アバターロボットは遠い場所や世界をぐっと身近なものにしてくれるとともに、世界をより広げることができるツールだなと感じました。

みなさんは、アバターロボットが社会の中に溶け込み、私たちの生活の一部になった未来で、どこに行って何をしてみたいでしょうか。

【謝辞】

本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださったavatarin株式会社ソリューション部 千葉周平様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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