ゲノムと医療、どう考える?

「ゲノム医療」のための情報の提供と利用について、みなさんからの声を集めています。

ゲノム医療は、遺伝情報を調べて、その情報を活用する新しいかたちの医療です。遺伝情報を調べることで、お医者さんがより正確に病気を診断できるようにしたり、患者さんにあわせて治療法や薬を選べるようにすることが期待されています。さらには、まだ病気にかかっていない健康なときに遺伝情報を調べておくことで、個人の体質や将来の病気のなりやすさを予測し、それにあわせた病気の予防につなぐことなども考えられています。

このゲノム医療の実現には、たくさんの人の遺伝情報を用いて研究開発を進める仕組みを作る必要があり、日本を含め各国でそのための体制の整備や遺伝情報の収集と解析が進められています。

日本では現在、一部の患者さんの検体(血液や病気の部位の細胞)を用いて、その遺伝情報を読み取る先行解析を進めており、それと並行してゲノム医療の体制をどのようにしたらよいかということを、国、専門家、患者団体、製薬会社などが一緒になって議論を行っています。

みなさんは「ゲノム医療を進めるためにあなたの情報を提供してほしい」と言われたらどうしますか?

ゲノム医療について、どんな目的のためなら、また、どんな仕組みやルールがあれば、自分の情報を提供してもいいと思いますか?

日本科学未来館のオピニオン・バンクで、みなさんの意見を集めています。みなさんの率直な考えをお聞かせください。

オピニオン・バンク

「ご意見募集!ゲノム情報を医療で使うとしたら」

調査期間:2021年8月11日~9月30日 

※本調査は終了いたしました。たくさんの回答をありがとうございました。

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はじめに

妖精さん(聞き役):
「うーん…いきなりそう言われても、もう少し話を聞いてみないことには……」

あ、妖精さん。こんにちは。

妖精さん:
「どうも、妖精です。こんにちは。……えっと、そのゲノム医療って、いったいどんな医療なの?」

そうですよね。急に聞かれても困っちゃいますよね。

オピニオン・バンクの中でも、ゲノム医療について、簡単に紹介していますが、このブログでは、もう少し詳しくお話しします。

妖精さん:
「そもそもさ、ゲノムって聞いたことないんだけど」

これは失礼しました。大丈夫です。「ゲノム」は専門用語なので、まずはそこから説明しましょう。

妖精さん:
「ゲノム……なんか強そう」

簡単にいえば、「ゲノム」とはこれまで「遺伝情報」と言っていた情報のことです。血液などから採取した体の細胞を特殊な装置(シーケンサーといいます)で調べることで、この情報を読み取ることができます。

「ゲノム」は、私たち一人ひとりそれぞれちょっとずつ違っていて、その違いの部分に、例えば体質に関係のある部分や病気に関係がある部分などが存在しています。

ゲノム医療は、個人の「ゲノム」を調べることで、その人の体質や病気の原因にあった治療を行う医療といえます。

ここでは、それほど難しく考えなくても大丈夫ですが、ゲノムについて少しだけ生物学のお話をさせてください。

ゲノムってなに?

ゲノムとは、親から子へ受け継がれる一揃いの遺伝情報のことです。ゲノムはDNAという物質として細胞に保管されています。

DNA は、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の分子(塩基)が鎖のようにつながった形をしているのですが、実はこの鎖をつくるATGCの順番(塩基配列といいます)が、細胞の中で「情報」として使われています。

イラスト:三澤和樹

DNAは、細胞が分裂をして数を増やすとき、分裂した後の細胞へと受け継がれるので、ゲノム情報もまた、細胞から細胞へと受け継がれていきます。

妖精さん:
「あれ、遺伝子っていうのも、DNAでできてるんじゃない?どこかで聞いたことあるよ。ゲノムと遺伝子は別物なの?」

よくご存じですね。ゲノムと遺伝子はどちらもDNAという物質によって表現される情報であり、ATGCの塩基配列です。

「ゲノム」は一つの細胞がもつ遺伝情報全体のことを指すのに対して、「遺伝子」は細胞に必要なひとつひとつの物質(タンパク質やRNA)を作るための情報です。ヒモ状の長いDNAのここからここまでが遺伝子A、少し離れたこここからここまでが遺伝子Bというように並んでいます。なので、遺伝子はゲノムよりも小さな単位の遺伝情報といえます。

イラスト:三澤和樹

ヒトのゲノムには、いろいろな種類のタンパク質をつくるためのそれぞれの「遺伝子」が約2万個あります。しかし、遺伝子としてはたらく配列の部分は、ゲノムのほんの一部にすぎません。

ほかにも、ゲノムが次の細胞に正しく受け継がれるために細胞の分裂を制御する配列や、いまは使われていない古い配列など、さまざまな特徴の配列領域がゲノムに存在しています。

妖精さん:
「ふーん」

だいぶ込み入った話でしたね。
もうちょっとだけ、話を続けます。

ゲノムを読み取る

私たち人間は、それぞれの親から卵子と精子を通して、ATGCの塩基が全体で31憶個並んだ塩基配列「ゲノム」を受け継ぎます。

卵子と精子が一緒になってできるのが受精卵です。この受精卵が細胞分裂を繰り返して、体をかたちづくるとき、分裂した後の細胞はそれぞれ分裂する前のゲノムと同じ配列のコピーを受け継いでいきます。

このため、分裂を繰り返してできた、体をつくっているたくさんの細胞は、そのおおもとであるたったひとつの細胞、受精卵と同じゲノム情報をもつことになります。

なので、だれかのゲノムを知りたい場合は、血液などから細胞を採取して、そのDNAの塩基配列を機械で読み取ることで、血液の細胞に限らず、からだ全体の細胞が共通して持っているゲノムの配列情報を手に入れることができるのです。

イラスト:三澤和樹

妖精さん:
「えーと…つまり、からだ全体の細胞を調べるわけじゃないんだ」

そうなんです。

それでも、31億×2もの膨大な数の塩基配列(全ゲノム配列)を読み取るのは、実はとっても大変なことなんですよ。

しかし、現在は「次世代シーケンサー」という高性能な読み取り装置が使えるようになったので、全ゲノム配列を読み取る「全ゲノム解析」が以前よりも格段に速くそして安く行えるようになってきています。

この次世代シーケンサーがなければ、これまでアイデアにとどまっていた「ゲノム医療」をここまで実現に近づけることはできなかったでしょう。

妖精さん:
「ゲノムのことは大体わかった」

そうですか?
ご説明したのは、ゲノムというもののほんの基本のところですが、このあたりの理解があればひとまず大丈夫です。さて、ゲノム医療の話に戻りましょうか。

なんでゲノム医療をするの?

今、国では、まずは「がん」と「難病」という2種類の病気のグループを対象に、このゲノム医療の取り組みを進めようとしています。どうしてこの2つなのでしょうか。

がんは、遺伝子に傷がつくことが原因となって引き起こされる病気です。遺伝子の塩基配列が変わってしまうことを突然変異といいます。この突然変異によって遺伝子が正しくはたらかなくなることがあるのです。遺伝子の変異が原因となり、細胞としても正しくはたらくことができなくなってしまった「がん細胞」が、周りの細胞のはたらきを邪魔してしまう病気を「がん」と呼んでいます。

妖精さん:
「がんと難病でゲノム医療を進めるっていうのは、きっとゲノムを調べるといいことがあるから、なんでしょ?」

そうなんです。
がんは、遺伝子の変異が原因の病気でしたね。そこがポイントです。

がんのゲノム医療のためには、患者さんから「がん細胞」と「正常な細胞」を採取し、それぞれのゲノムを読み取ります。そこから、がん細胞特有の突然変異や、患者さんが生まれたときからもともと持っている遺伝的な性質を調べます。それによって患者さんのがんの原因や性質をこれまでより詳細に把握できるようになります。そうしてわかった情報をもとにして、患者さん一人ひとりにあった治療法や薬を選択することで、体への負担が少なくかつ効果的な医療につなげることが期待されています。

とはいえ、まだまだゲノムを読み取ることでわかること、できることの選択肢は多いとは言えません。がん患者さんの全ゲノム配列のデータベースを作ることで、データベースに登録された過去の患者さんの症例から、がんと関係するゲノム配列について調べる研究や、そのゲノム配列を持つがんに効果的な薬の研究開発なども進めていく必要があります。

がんとの関係がすでにわかっている遺伝子や突然変異だけでなく、ゲノム全体を広く調べることで、まだ発生の原因や悪化の過程が十分にわかっていないようながんのメカニズムを解き明かすことができると考えられています。

妖精さん:
「がんって、肺とか大腸とか体のいろんな場所でできるでしょ。同じところのがんでも、人によっていろいろちがうらしいし……ゲノムを調べることで、患者さんによってそれぞれ違いのあるがんに合わせた治療法ができるっていう感じなのかな」

なんで妖精さんはそんなにがんに詳しいんですか!?
そのイメージであっていると思います。

ゲノムを調べることで得られた知見をもとに、早期に詳細ながんの種類を診断する方法や効果的な治療法や薬の開発の実現につながるといいですね。

妖精さん:
「難病のほうはどうなの?」

そもそも、どんな病気を難病というかご存じですか?

妖精さん:
「あんまり……ええと、治療が難しい病気?」

そうですね。

難病とは、法律で「発病の機構が明らかでなく、治療方法が確立していない、希少な疾病であって、長期の療養を必要とする疾病」と定義されています。

難病は、その病気にかかる人が少ないことなどから、治療法や薬の研究開発がなかなか進んでいないのが現状です。

妖精さん:
「へー、法律で決められているんだ」

難病のなかには、患者さんのゲノムのうち、遺伝子ではない場所の配列に病気の原因が隠れているのではないかと考えられているものもあります。難病の患者さんのゲノム情報を集め分析することで、何が原因でそれがどのように影響して病気になるのか、病気の詳しいメカニズムを明らかにすることが期待されています。

全ゲノム解析を実施して、病気の原因を明らかにできれば、これまで思うように診断ができなかった患者さんの病気を正確に診断できる可能性があります。また、一部の病気においては、患者さんで十分にはたらかなくなっている遺伝子を補う「遺伝子治療」が登場しており、ゲノム情報の更なる活用が期待されています。

妖精さん:
「やっとゲノム医療が必要な理由がわかってきた気がする……」

とはいえ、実現のためには、いろいろと考えることがあるんですよ。

ゲノム配列の「意味」を調べる

たとえば、ゲノムから役に立つ情報を見つけるために、具体的にはどうすればいいでしょう。

ゲノムは、それがたった一人分でも、人間が読むには膨大な量の情報でしたね。おまけに中身は、ATGCがいろんな順番で並んでいるだけの配列です。

このゲノムの配列から病気のことを探るためには、コンピューターの力を借りる必要があります。コンピューターは、集めた配列情報やゲノムの持ち主である患者さんの特徴などの膨大なデータから、データどうしの関連性や病気に特徴的な部分などを探索します。このとき、スーパーコンピューターなどの高性能な計算能力、そしてそれを活用するためのプログラムを作って管理する専門家の協力も必要になります。

妖精さん:
「そうか。そうだよね。たくさんの情報をただ集めるだけでは、ゲノム医療は実現できないってことね。」

その通りです。
そもそもこれまで「ゲノム情報を集める」と簡単に言っていましたが、実際のところどんな情報を集めればよいのでしょう?

妖精さん:
「そんなの決まってるよ。たくさんの人のゲノムの塩基配列の情報でしょ?」

もちろん、ゲノムの配列もそうですが、そのほかにも必要な情報があるんですよ。

ゲノム医療に必要な情報?

つい先ほども少しお話ししましたが、ゲノムの解析に配列情報とゲノムの持ち主の特徴とのあいだで関係のありそうな情報を見つける必要があります。ゲノム医療を実現するためには、患者さんのゲノム配列だけではなく、その人の病気にかかわる情報(臨床情報)も同時に取得する必要があります。

では、その「臨床情報」とは、どんな情報でしょう。

例えば、患者さんの性別や年齢のほか、これまでにかかった病気、がん、難病に加えて今もかかっている病気などの情報です。さらに、患者さんの病気についての診断や、どのような治療を行い、その結果どのような経過をたどったか、という情報も必要です。特に難病など、親子で遺伝することが疑われるような場合は、本人だけでなく家族についての情報も手がかりとなります。

また、治療の経過、病気の進行などによっては、同じ患者さんのゲノム情報や臨床情報を、長期間、複数の回にわたって収集し、時間経過での変化をデータとして記録することも役に立ちます。実際、そのための情報を蓄積するシステムや、複数回にわたる患者との連絡の仕組みについても検討が行われています。

妖精さん:
「思ってたよりも、いろんなデータが必要なんだね」

もしも将来、研究者や薬の開発者が「あ、これも知りたい!」となったとき、必要な情報が集められていないと、患者さんから提供してもらったデータが研究や開発に使いにくくなります。なので、研究者の立場からすると、できるだけたくさんの情報を集めたほうがいいと考える人が多いのではないかと思います。

たくさん情報を集めると?

妖精さん:
「でも、そんなにいろんな情報を集めると、もしそれが外部に流出してしまったら大変なことになるんじゃないの?」

さすが、妖精さん!
医療に関するものではないけれど、たまに個人情報が流出してしまった、なんていうニュースもあるよね。

ゲノム医療の実現には、データを守るためにセキュリティ対策を講じることが必要不可欠です。

データベースでは、患者さんの名前は匿名化することで、誰のデータか簡単にはわからなくします。

データを研究者や薬の開発者に提供するときも、それぞれの研究や開発に必要な項目の情報だけを使えるようにして、必要のない情報は見れないようにする、などの工夫も考えられています。

妖精さん:
「ちょっと安心しました。ちゃんと対策も考えられているんだね。」

将来、自分が情報を提供することになったら、その情報がどのように保護、管理されるか、きちんと説明を受けたうえで協力したい、という意見の人もいるかもしれませんね。

ゲノム情報を活用するための「ルール」

これまで自分たちが知ることのできなかった情報を手に入れることができるようになると、その情報をほかの場面でも利用しようとすることもあるかもしれません。

情報の共有はどこまでならよいか、どのようなルールのもとならよいのか、ゲノム医療で出てくるかもしれない懸念についても少し考えてみましょう。

ゲノム医療の対象が広がり、将来、一般の人も自分のゲノムの情報が検査できるようになると、就職のときに会社からゲノム検査を受けることを求められるかもしれません。また、あるときは保険会社が検査結果の提出を求めるようになるかもしれません。検査の結果によっては、入社を断られてしまったり、保険への加入ができなかったりするかもしれません。

このように、全ゲノム解析の普及によって、その活用の仕方によっては私たちが不利益を受ける可能性もあるのです。

このため、すでにゲノム医療の取り組みを始めている海外の国々のなかには、遺伝情報を理由にした差別をすることを禁止する法律がある国もあります。しかし、日本にはいまのところ、そのような法律がありません。

ゲノム医療の本格的な始動にあわせて、情報の流出や情報の悪用を防いだり、万が一、生じてしまった場合は行政指導やときには罰則を科すこともできるルールを求める声もあります。実際に、患者団体や倫理の研究者たちは、国に対して差別を取り締まる法律を作るように要望や意見を出しています。

また、決められたルールのもと、データが安全かつ適正に管理されるようになってはじめて、多くの人がゲノム情報の提供に協力してもよいと思えるようになるのではないかという考えもあります。

妖精さん:
「う~ん、難しいなあ。情報をたくさん集めれば集めるほど、研究や薬の開発は加速する。一方で、情報が流出してしまったときには被害が出てしまう可能性があるんだね。それに、きちんと情報の用途や扱い方を決めておかないと、ゲノム医療があたりまえになった社会で新しい困りごとが出てくるかもしれないんだ。」

本当に難しいですよね。
多くの人に協力してもらうためには、安心して情報を提供できる仕組みをしっかりと作っていく必要がありそうです。

どのようにリスクとのバランスをとるか、患者さんはじめ今後ゲノム情報を提供する人、データを利用して研究開発をする人、医療を提供する人が互いに納得できる情報の扱い方について、みんなで考えていく必要があるでしょう。

妖精さん:
「ふう……気軽にゲノム医療の話を聞きはじめてしまったけど、意外と話が長くて疲れてきました。」

ごめんなさい。つい熱く語ってしまいました。
ここで一区切りです。
もう少しだけお付き合いいただければと思います。

ゲノム配列は個人情報?

これまで、ゲノム医療では、ゲノム配列の情報に加えて、臨床情報などのその人についてのさまざまな種類の情報を集めることをお話ししました。

私たちのゲノム配列の情報はどのような性質をもった情報か、これまでのところでどんなイメージを持ちましたか?

妖精さん:
「一見、意味のわからない長~い文字列だけど、実はいろいろわかっちゃう」

その通りです。いろいろゲノムの持ち主のことがわかっちゃうんですよね。
実際、専門家によると、私たちのゲノム配列は、それだけでも保護すべき対象である「個人情報」として扱われると考えられるようなんです。

妖精さん:
「個人情報って、ふだんから使ってるけど、どういう情報なんだっけ」

はい。個人情報とは、個人情報保護法という法律において、「特定の個人を識別することができるもの」と定義されています。

これは、その情報が、社会通念上、特定の個人であると結論づけられるかどうかということです。氏名や生年月日、性別、住所がひとまとまりになったデータだけでなく、本人と照合のできるものも個人情報として扱われます。

医学領域にかぎらず、いま、情報通信技術が活用される分野はますます拡大しています。実際、ゲノム情報のように、さまざまな種類の情報を、それぞれの目的に応じて処理し解釈できるようになってきています。このような状況を背景に、個人情報に該当するのかどうかを判断しがたい「グレーゾーン」にある種類の情報もまた増えています。そのため、個人情報保護法の改正のときに、従来では個人情報と考えられていなかったような情報なども、原理的に「特定の個人を識別することができる」と認められる文字や番号、記号などについて「個人識別符号」として政令で定めることが明記されました。

以上のことから、ゲノム配列も、専門家の議論のなかで、個人識別符号に位置づけられるものであるとの見解に至ったようです。

妖精さん:
「事件の犯人の手がかりを探すとき、DNA鑑定をするくらいだし、ゲノムを調べれば持ち主を識別できるってのはわかるな。」

調べてみると警察が行うDNA鑑定は「全ゲノム配列」を読んでいるとはかぎらないけど、たしかにイメージとしては近いと思います。

全ゲノム配列からはさらに、遺伝子が原因の病気があるか、それ以外の病気へのかかりやすさの情報が得られます。今後、研究が進めば、さらに多くのことがゲノムからわかるようになるでしょう。ゲノムの持ち主の外見的特徴や体質、病気のかかりやすさなどがわかるように「解釈」を加えた情報については特に、その取扱いに配慮を要する「要配慮個人情報」というものに位置づけられるべきと考えられています。

この要配慮個人情報とは、それによって、本人が差別などを受けることを防止するため、特に慎重に扱われるべきとされている情報です。

妖精さん:
「本当に厳格な取扱いが必要な情報なんだね。」

ゲノムは「究極の個人情報」などとも言われることもあるくらいです。ゲノム医療ではまさにこの情報を活用しようということなので、慎重な議論と十分な体制の整備が求められているのです。

ゲノムは自分だけのもの?

ゲノム情報が「個人」だけでなく自分を含めた「家族」にもつながった情報であることも、その取扱いを難しくさせているということを、最後に少しお話ししましょう。

妖精さん:
「どういうこと?自分のゲノム情報は自分だけのものじゃないの?」

たしかに、家族がまったく同じゲノム配列を持つことはほとんどありません。しかし、血縁関係にある親子、兄弟姉妹、親戚のあいだでは、部分的に共通のゲノム配列を持っています。このため、家族のうち一人がゲノム情報を調べ、家族で遺伝する遺伝子などの変異が見つかった場合、予期せずして自分以外の家族も同じリスクについて知ってしまう可能性があるのです。

家族の中には、それを知りたくない人もいるかもしれないですよね。自分のゲノムを調べることで、ほかの家族にとっても配慮が必要な情報を知ってしまう可能性がある。一人のゲノム情報の提供のために、家族全体で相談する必要が出てくるかもしれません。

将来、自分が親になったとき、生まれてくる子どもに、知っている情報をどのように伝えよう……

兄弟姉妹やパートナーに、いつ、どんなふうに伝えたものか……
伝えないほうがいいんだろうか……

このように、立場や場面によって、きっといろいろな悩みが出てくるでしょう。

ゲノム医療を実現するためには?

少し怖がらせるような話をしてしまいましたが、とはいえ、研究者や薬を作る側の人だけでなく、なにより病気を抱えている患者さんのなかに、ゲノム医療に期待を持っている方がいるのもまた事実です。

患者さんのゲノム配列を読み取ることで、これまで思うように診断できなかった病気を精密に診断することや、治療法が見つかっていない病気のメカニズムについて手がかりをつかむことができるようになるかもしれません。

さらに先の未来には、ゲノム情報を調べることで、がんや難病などの患者さんだけでなく、健康な人たちも自分の体質にあった健康管理や、病気の予防も可能になるかもしれません。

冒頭にゲノム医療のための取り組みが各国で始まっているとお話ししました。いま、世界ではゲノム医療の実現にむけてどんな取り組みをしているのでしょうか。

例えば、英国では、がんや希少疾患を対象として、これまでに10万を超えるゲノムの読み取りが完了し、今後さらに数年のうちに500万ものゲノムの読み取りを目指しているそうです。製薬会社や研究機関がゲノム情報のデータベースへ安全にアクセスできるようにする仕組みや、参加者(患者)から提供いただいたゲノムの解析結果を返却する手順や方法などが整備され、ゲノム医療の取り組みが徐々に動き始めています。

特に、ゲノムの解析結果を患者さんに伝えるときは、もともと調べようと思っていなかったこともわかる可能性があります。本人がどこまでの情報を伝えてほしいかを予め意思表示して、それにあわせて結果を伝える方法が考えられています。

また米国でも、国内に居住する成人を対象に、2018年から2023年までに100万人以上の参加登録を目指しており、現在30万人以上が集まっているとのことです。参加者は、10年以上にわたって、半年に1回の追跡調査に回答します。プログラム全体では、多様な参加者の健康情報とゲノム情報を蓄積したデータベースの構築を目指すプロジェクトが進んでいます。

ゲノム医療についてあなたはどんなことを考えますか?

このように実現にむけ動き出した「ゲノム医療」は、医療のあり方を大きく変える可能性を秘めています。一方で、紹介してきたようにゲノム情報は取扱いが難しいものでもあります。

であるからこそ、ゲノム医療は、行政や、医療従事者、研究者、製薬会社、いま病気を持ちながら生活をしている人、その家族、さまざまな立場の人たちが意見を交わしながら進めていく必要があるのではないでしょうか。

妖精さん:
「この先、ゲノム医療はどんなふうに人間の暮らしや社会を変えていくんだろうね。まだ不安なところもあるけど、見てみたいような気もしてきた。」

妖精さん、話し相手になってくれてありがとう。

ここまで読んでいただいたみなさんもありがとうございました。

オピニオン・バンクでは、そもそもみなさんがゲノム医療に対して率直に思っていることを伺います。みなさんが気になっている問題や心配なことなども、ぜひお聞かせいただければと思います。

みなさんのご参加をお待ちしております。

オピニオン・バンク

「ご意見募集!ゲノム情報を医療で使うとしたら」

https://miraikan-opinionbank.svy.ooo/ng/answers/e430fe8c3463df4c8cfa0c3596b1c5/

調査期間:2021年8月11日~

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謝辞
本記事を執筆するにあたりご協力くださった、東京大学 医科学研究所の神里彩子先生、日本製薬工業協会のご担当者の皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。


参考資料:

研究開発の俯瞰報告書 ライフサイエンス・臨床医学分野(2021年) 「2.1.7 ゲノム医療」 (国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター)

https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2020/FR/CRDS-FY2020-FR-04/CRDS-FY2020-FR-04_20107.pdf

全ゲノム解析等実行計画ロードマップ2021 (厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000801563.pdf

がんの全ゲノム解析等に関する体制整備に係る企画調査報告書 (厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000204873_00004.html

「全ゲノム解析等に係る厚生労働科学研究班」からの資料(修正案) (厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000814710.pdf

ゲノム医療における情報伝達プロセスに関する提言 (国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)

https://www.amed.go.jp/news/seika/kenkyu/20200121.html

改正個人情報保護法におけるゲノムデータ等の取扱いについて(意見とりまとめ) (厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000110036.html

参考リンク:

厚生科学審議会科学技術部会全ゲノム解析等の推進に関する専門委員会

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_467561_00004.html

内閣官房 健康・医療戦略室 ゲノム医療協議会

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/genome/kaisai.html

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