このブログは、3月に出した『その豆腐は「木綿」か「絹」か?水蒸気は「見える」のか?』というブログの第2弾になります。前編では日本科学未来館で行っているワークショップ、「気象マスターをめざせ!雲ができるしくみ(以下、気象WS)」において参加者が行う「お互いに説明しあうことで、自分がわかったつもりになっていた点を見つけて、さらに新しい・深い理解に進んでいく」という活動について、事例を用いて報告しました。
今回は、そんな気象WSの裏側、「私たちが行っている準備」に注目して記事を書いてみたいと思います。
※前編ブログはこちら!
『その豆腐は「木綿」か「絹」か?水蒸気は「見える」のか?』
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220317post-459.html
事例:科学コミュニケーター3人の“準備”の様子
A:次回の気象WS、どんなところを改善していきますか?
B:そうだなぁ……前回やった時に、水の状態変化のところ、特に「水蒸気は目に見えない」というところはピン留めしたうえで、氷を入れたコップの周囲についた水滴と沸かしたヤカンから出る湯気の間の“共通点”を探してもらう方向で説明活動注を促したよね。
注:事前に教科書や参考書で見知った知識をもとに説明役をになってくれる参加者と、その説明に対して目の前でみた現象やふだんの生活で体験していることから導かれる素朴な理解との矛盾やギャップを指摘する参加者のあいだで生じる対話活動。外から与えられた知識をわかったつもりに留めない深い理解を目指している。
C:はい、でも、参加者は結局「本当に水蒸気は見えないのか」とか、「湯気は浮いているからやっぱり気体なんじゃないか」とか、私たちがピン留めしようとしたことに対しての疑問をもったまま進むことへの気持ち悪さを覚えて、水の状態変化についての議論が進んじゃいましたよね。
A:そうでしたね。議論自体は、説明と質問が繰り返されるとっても面白いものだったんだけど、気象WSとしてはもう少しだけ「雲ができるしくみ」という参加者と共有している問いを深めていける方向でこの質問と説明の応酬ができるように考えたいところですね。
B:今回はなんでこの部分のピン留めができなかったんだろう。
(~~~中略~~~)
C:そういえば昔、気象WSの中で空気中の水蒸気によって変色する「塩化コバルト紙」を使って、冷やしたカップの外側についたものが空気中の水蒸気が結露した水滴であることをピン留めしていた時期がありましたよね。
A:はい、しかしそれでピン留めができていたとは思えなくて、やめました。実験結果に対する参加者の観察や解釈のしかたは本来多様なはずなのに、実験で観察された事実は客観的で誰もが等しく納得できる、それで納得しないのはおかしい、みたいな空気になってしまうのがよくないなぁと思って。
B:となると、そもそも今回何かをピン留めしようとしていること自体がもしかしたらよくないのかな。スライドに書いてあるからピン留めしろ、って、先生が言ってるんだから正しいだろ!とか、実験の結果が出たんだから信じろ!みたいなのと同じで、権威的だよね。
C:そうかもしれないですね……
A:いや、でも塩化コバルトの時と今回は少し違うんじゃないかな。いま議論しているのはそういうこととは違うと思って……なんだろうな
C:なるほど。どういう風に違うんですかね?
A:うーん、それは……このスライドって別に「納得させよう」としているわけじゃないですよね。
B:それはそうかも。……つまり、このスライドは参加者の「わかったつもり」を明確にするために説明活動の足場を作っているのだということかな。
C:それ、腑に落ちました。今考えている「ピン留め」は、「納得させる道具」ではなくて「議論をするときに使う道具」なんですね。
B:参加者への説明の仕方は、「このスライドで水の状態変化をわかったね。じゃあ雲のでき方はどう説明できる?」ではなくて、「いったんこのスライドにあることと目の前の実験を使って雲のでき方を説明してみると、どんなふうになると思う?」みたいな感じかな。
C:すごく微妙なニュアンスの違いだけど、実際にファシリテーターとして参加者に向き合うときの気持ちは大きく違いそうです。実は、このスライドを出すときいつも自分の権威性(議論を一方的にコントロールする姿勢)を感じて心を痛めていたので……(笑)
「ピン留め」を巡って
今回、上の事例を“ピン留めする”という言葉に注目してみてみようと思います。ピン留めする、とは、話題や、議論の方向性、あるいは最近ならzoomの画面なんかにも使うかもしれないですが、とにかく「何かを据え置き、そのことについてはひとまず問い返さないでおく」という意味で使っている言葉です。
私たちも、そしておそらく皆さんもそうだと思いますが、日常の中で使う言葉の意味をいちいち確かめてコミュニケーションをするわけではありません。私たちにとって「ピン留めする」という言葉はよく使うものだったので、今回もその言葉の意味を共有できていると仮定してコミュニケーションを進めていました。しかしながら、ご覧の通り最終的に私たちは、“ピン留め”という言葉の意味に「納得させる」と「議論の足場を定める」の2通りのものがあったこと発見します。そして、いままでそれらを混同していたけれど、今回は「議論の足場を組む」という意味で使おうという認識のすり合わせができて、そのうえで必要な方策(例えばスライドの説明の仕方)を議論することにつながりました。
同じ揚げパン、思い浮かべてる?
6月に行なった気象WSで、こんな一幕がありました。自己紹介の一環で、好きな給食について話していた時のことです。
参加者A:私は揚げパンが好きです。
参加者B:私も!
大澤:二人とも、おんなじモノを思い浮かべてるかな?
参加者A:え、おんなじでしょ。だって揚げパンは揚げパンだもん!
大澤:本当に?じゃあさ、二人の揚げパンはどんな形をしているの?
参加者A:丸くて長細い形。(ジェスチャーを交えて)
大澤:コッペパンみたいな形だね。
参加者B:全然違った……私はこういう(ジェスチャーを交えて)、ねじねじの形!
参加者A:そうなんだ!そんなの見たことないかも。
こんな風に、私たちは普段ある言葉を巡って「相手も同じものを思い浮かべている」と信じあいながらコミュニケーションをしていて、でもちょっと確認してみると結構違ったことをイメージしていることが多々ありそうです。それが、6月の参加者にとっては“揚げパン”、私たち科学コミュニケーターにとっては“ピン留め”でした。
※揚げパンの話をしてるだけでいいの?と心配された方向けに念のため補足しておきます。気象WSではこんな経験を踏まえて、「じゃあ、二人が言っている水蒸気って同じものをイメージしているのかな?」と言ったように雲のでき方に関する説明活動に分け入っていきます。身近な話題で、問い返しから思わぬズレに楽しく気づく体験が科学の探究へ入るハードルをさげていると感じています。
「私たちの対話」と気象WS
この記事を書いてみて、気象WSの中では、科学コミュニケーターがふだん参加者にはみえないところで事前準備として行なっている探究的な対話それ自体を、参加者と一緒に”再現”することを目指しているのかもしれないな、と思いました。もちろん、私たちが行っている、言葉の解釈をぶつけ合い、その中で新しい気付きを得たりする学びは、普段同じ場所で仕事をし、毎日のように少しずつ議論するような関係にあるからできることです。それを当日2時間半しか時間を共にしない参加者の中でそっくりそのまま再現するというのは、ちょっと無理があるかもしれません。それでも、説明しあい、考えの違う他者にふれることによってさらに深まる学びを気象WSの中で実現したい。そのために問いを研ぎ澄まし、科学コミュニケーターが適切に支援できるようになることを目指しています。
参加者の皆さんからは「最初からわかっていたと思ったけど、説明していくうちに実は自分が曖昧にしたままだった部分があったと分かった」、「実験や話し合いを通してよくわかった、楽しかった」や、さらには「このWSを通して、新しくわからないポイントが出てきた」「○○の点についてさらに知りたいと思えた」などの感想がもらえています。中には、WSが終わった時に抱えたさらなる疑問の山を前に、「あぁ、あと二時間半あればなぁ!」なんて言ってくれた子もいました。今ある疑問を解決しつつ、さらに深めていく気象WSでやりたいことが、達成されつつあるのかな、とうれしくなる瞬間です。
気象WSは今日紹介したような対話をしながら少しずつ前進しています。もし、気象WSのメンバーとこのような対話をしたり、お互いの実践を見学するなど交流してくださる実践者の方がいらっしゃいましたら、ぜひ“対話的な学びに関する学び”を一緒に深めていきませんか?ご興味がある方は、日本科学未来館 大澤まで、ご連絡をお待ちしています!
参考文献
田島充士著:「分かったつもり」のしくみを探るバフチンおよびヴィゴツキー理論の観点から、2010年、ナカニシヤ出版
田島充士、森田和良著:「説明活動が概念理解の促進に及ぼす効果——バフチン理論の「対話」の観点から——」、2009、教育心理学研究、478-490