先日アップされた、東京大学の香坂玲さんの取材ブログ「いま世界で注目されている生物多様性のいろいろ ~香坂玲さんに聞いてみた【前編】~」(書いたのは科学コミュニケーター上田さん)。
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220527content-18.html
今回のこのブログは、そんな香坂さんの取材に同席させていただいた私、大澤が、香坂さんの言葉の中で心に残った一つのワードに注目して書いていきたいと思います。それは「テロワール」。皆さんは見聞きしたことがあるでしょうか?
テロワール??
「テロワール」とはフランス語由来の言葉で、ある作物や食べ物が地形や土の性質、あるいはそこに住む人の生活などを含む生息地の環境の総体から受ける影響を指し示す言葉です。成分など科学的に分析できる指標を超えて、その「土地」とのつながりを示しているこの言葉は、ワインの世界などでは有名なようです。確かに、ワインって土地の名前で呼んでいるし、土や気候の影響を多分に受けていそうですよね!
私にとってのテロワール
この単語を聞いて、思い出した一つのエピソードがあります。私の地元(東京都八丈島)には、「くさや」という名産があります。ムロアジやトビウオなどの魚をくさや液という液(元は海水で、魚を何度も何度も漬け込むことで紫色になった発酵した液)に漬け込んだ後に干物にした食べ物です。その名の通り強いにおいが特徴で、バラエティなどで罰ゲームに使われたりすること(そしてそのたびに、「食べればおいしいのになぁ」と思います)がありました。
あるとき知り合いのくさや屋の主人、長田さんがこんなことを言っていました。
「この前東京から研究者が来て、うちのくさや液の中にどんな微生物がいるのかを調べていったんです。そしたらどうやら、ここで初めて見つかった微生物がいたということで。それがなんだかうれしくってね」(長田さん)
話によると、店によって、くさや液の中の微生物の構成がかなり異なっているようです1)。自分の店のくさや液の中で生きている微生物が、他のところ(お店)と違うこと。そして、そこから新種らしき微生物が見つかったりすること。私は、そういう違いがテロワールにつながるのかなぁと思いました。同じ島の中でも、その場の環境や利用法の影響を受けていろいろな「その土地ならでは」を生み出す。実際にこの微生物の違いが味やにおいにどれくらいの影響を与えているのかは定量的には評価されていないと思いますが、それでも店によって味が違うのは事実です。これが、香坂先生から「テロワール」と聞いた時に思い出したエピソードです。
それで、くさや液の中の微生物の構成や、くさやそのものの味が違うから、それがいったい私たちの生活にどんな影響を与えるんだと読者の皆さんは思われるかもしれません。香坂さんは、テロワールの価値をきちんと認識していくことが生物多様性の保全につながる可能性について語ってくれました。
「例えば日本酒の生酒って、材料自体は米と水でシンプルじゃないですか。それでもこれだけのバラエティが出るっていうのはやっぱりその土地ならでは“何か”があるってことです。テロワールって何かって言うと、その土地でしか作れないっていうものを消費者が信じることですね。科学的に証明してもいいんだけど証明しなくてもいい。その土地じゃなきゃダメでしょ、みたいなものとつながっていることが、結局はその土地を形作る要素である“生物多様性”の保全とつながっていきます。だからこのテロワールとか、地理的表示保護2)みたいなのが、僕は面白いと思っています」(香坂さん)
皆さんにとってのテロワールには、どんなものがありますか?そういうものを、信じて、守っていきたいと思えるでしょうか?
「新聞の地域面でいい」
雑文になってしまいましたが、生物多様性を考えるときに一つのキーワードとして香坂さんから語られた「テロワール」について、思うことをつらつらと書いてみました。最後に、もう一つだけ、テロワールと関連して香坂さんから語られたことを紹介したいと思います。
「僕は結構、生物多様性って、新聞でいうところの地域面でいいと思っていて。全国版の一面じゃなくて、それぞれのエリアのちょっとユニークなところ、ネタみたいなものを大事にできるっていうのが多分面白さなんです」(香坂さん)
世界的なつながりを意識することも大事ですが、でも保全にたずさわる一人ひとりの活動は、新聞の地域面に載るくらい具体的な、地域に密着したものがいい。なるほどな、と思います。私たちはグローバルな視点での環境問題のことと同じくらい、いや場合によってはむしろより強く、「地域に密着した視点」で何かを考えなくちゃいけないのかもしれない。そんなことを考えさせていただきました。香坂さん、ありがとうございました。
来館者の皆さんとも、ぜひ「あなたのテロワール」や「あなたの地域面」のような目線でお話ししてみたいなと思っています。
1) 篠田他2021:「高塩濃度水産発酵物から分離された希少放線菌Amycolatopsis sp. TUA-HKG02Y株の微生物学的特徴」、第35回 日本放線菌学会大会。発表の情報はくさや屋「長田商店」でくさやを作っていて、該当発表の協働発表者でもある長田隆弘氏に提供いただいた。
2)香坂先生の論文や著作を参照のこと。例えば「農林漁業の産地ブランド戦略―地理的表示を活用した地域再生」(2015年発行、ぎょうせい)など。
「#Miraikanで考える生物多様性」として連載ブログを投稿中!ぜひほかのブログも読んでみてください!
① 生物多様性ってなんだっけ?~教科書読んでみた~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220523post-464.html
② いま世界で注目されている生物多様性のいろいろ ~香坂玲さんに聞いてみた【前編】~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220527content-18.html
③ わたしの「推しムシ」の話~みんなで語りあいたい推し○○~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220603post-466.html
④水辺には、どんな生き物たちが暮らしている?~生物調査に参加してきた!~
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220609post-465.html