食の現場を探る vol.2

足元に広がる土壌のひみつを調べてみました。

こんにちは!食への興味がぐんぐん高まっている科学コミュニケーターの竹下です。
先日は神奈川県三浦市の高梨農場さんに取材に行き、ブログにまとめたところです。
(食卓の野菜、畑ではどんなすがた?現場に行って調べました。:https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220324post-462.html

実際の畑を見せていただいてお話した中で発見がたくさんありましたが同時に気になることもありました。そのひとつが土壌です。このブログを読んでいるみなさんは土壌という言葉から何を想像するでしょうか?

実は土壌にはたくさんのものが含まれます。砂、粘土といった岩石の破片の鉱物だけでなく、植物の根っこなどの有機物、土の隙間に存在する気体や液体、生き物なんかもひっくるめて土壌です。

たくさんの要素から構成される土壌はたくさんの種類があります。そのひとつが黒ボク土(くろぼくど)です。農場を営む高梨さんが言うには三浦半島は黒ボク土で、それに合わせた施肥を行い土壌の特徴を生かした作物を育てているのだとか。
畑の表面は見えたけど掘って下まで見たわけじゃないので、黒ボク土が本当に黒いのか、どんな特徴を持つのか、農業にどう影響しているか気になります。

「気になる!」に取りつかれた私は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(通称:農研機構)の「農業環境インベントリー展示館」に向かいました。

個性豊かな土壌

農業環境インベントリーとは、土壌、水、大気などの環境資源、昆虫や微生物、動植物などの生物、肥料、農薬等の農業資材そのものと、どこにそれらがあったのかを記録しておくことを指します。農業環境インベントリー展示館では土壌をはじめ、昆虫や微生物、肥料や煙害に関する標本や資料が保管されています。
こちらの展示館を農研機構の神山和則さん、吉川省子さんに案内していただきました。

展示館の玄関では、さっそく個性豊かな顔ぶれの土壌モノリス(土壌断面標本)が出迎えてくれました。

玄関に展示されていた土壌モノリス。赤っぽいもの、黄色っぽいもの、グラデーションが見えるもの。様々な個性の土壌があるようです。黒ボク土は右から2番目と3番目のモノリスです。

玄関の土壌モノリスからもわかるように、黒ボク土以外にも様々な特徴をもつ土壌があります。そんな土壌を特徴ごとに細かく分類すると、日本国内の土壌は381種類にものぼるのだとか。

日本の土壌図と吉川さん。土壌はこの図よりももっと細かく分類されるのです。

自分の近所の土壌が気になる方は日本土壌インベントリーから検索できますので、試してみてください。ただし農地のない都心部はデータがありませんのでご注意ください。

日本土壌インベントリーHP
https://soil-inventory.rad.naro.go.jp/

私も日本土壌インベントリーを使って、先日訪問した高梨農場のあたりを調べてみました。すると「多腐植質普通アロフェン質黒ボク土」と出てきます。多腐植質ということは、植物が分解された腐植物質を多く含んだ土なのでしょうがその他がさっぱりです。何が普通なのか、アロフェン質とは何か……。このあたりも含めて、神山さんと吉川さんにお話を聞いてみましょう。

三浦半島の中でも色が分かれています。横須賀市側の緑は褐色森林土、先の方の茶色が黒ボク土のエリアです。

黒ボク土のひみつ

神山さん、吉川さんに案内していただき奥に進むとさらに大量の土壌モノリスが……!
この展示館には300点ほどの土壌モノリスが保管され、そのうち約100点をこの部屋で展示しているそうです。
黒ボク土のコーナーだけ見ても10本ほどのモノリスがあります。色や特徴、採取地など同じ黒ボク土でもちょっとずつ違うようです。そもそも黒ボク土ってどんな土なのでしょうか。
「黒ボク土は火山の活動に関係する土壌です。大きな火山の周りや、火山灰が飛散した地域に分布しています。火山が噴火したあとには溶岩が冷えて固まった岩石や降り積もった火山灰があるばかりで、土も植物もない状態です。そこに少しずつ植物が生えて枯れていく過程で土壌が少しずつ作られていき、やがてススキのような植物が育つと草原ができます。草原の植物が枯れて分解された腐植物質と火山灰が混ざってつくられる土壌が黒ボク土です。黒ボク土の上層が黒っぽくなるのは火山灰に多く含まれるアルミニウムの影響です。火山灰自体は茶色の場合が多いのですが、アルミニウムが腐植物質の有機物と結合することで黒っぽくなります」と吉川さんは言います。
日本の場合は土壌が1㎝作られるのに100年ほどかかります。長い時間をかけて、アルミニウムと有機物がまざり黒ボク土の黒い層が積み重なってきたんですね。

土壌断面図。土壌は一様ではなくいくつかの層が積み重なっています。上層ほど周辺の植物由来の有機物を多く含み、下層は土のもととなる岩石そのものや岩石が細かくなったものが多くなります。

そして、アルミニウムと有機物が混ざっているというのは性質を探る上で重要なポイントですね。高梨さんも「三浦の土壌は富士山の火山灰由来の黒ボク土。リン肥料をまくような農業指導が入ります」とおっしゃっていました。土壌中のアルミニウムと有機物中のリンが結合してしまうと、植物がリンを利用できなくなります。リンは植物の生長にはかかせない必須元素です。土壌の特徴を知ることで、作物を育てるための対策を練ることができます。

たくさん並ぶ黒ボク土は何に注目して分類されているのでしょうか。
「黒ボク土は土壌の育ち具合、土壌の水分量、土壌のもとになる岩石や火山灰の種類から大きく6つに分類されています。その分類の中で最も多いのがアロフェン質黒ボク土と呼ばれるものです。土壌の中には岩石や火山灰に由来する鉱物が含まれます。この鉱物は粘土鉱物と呼ばれ、多くの場合には分子が整然と並んで結晶になります。ですがアロフェンというのは、ケイ酸やアルミニウムがランダムに並び、きれいな結晶になっていないもののことです。もともと黒ボク土は全部アロフェン質だと思われていました。ですが調べてみたらアロフェン質ではない黒ボク土もあって、それによって土壌の持つ性質も違うので分類されるようになったんです。非アロフェン質黒ボク土の方が一般的には酸性が強くなりやすく、アロフェン質黒ボク土と同じように育ててしまうと酸性に弱い植物はうまく育ちません。」
同じく火山灰を基にしていて同じ見た目をしている土壌でも、性質にちがいがあることも。土壌を理解することが作物を育てる上でいかに重要かわかりますね。

ご案内してくださった神山さんと黒ボク土コーナーのモノリス。
あまり黒っぽくないもの、層がはっきりと見えるもの、黒い層が深いものとそれぞれに個性があります。

高梨農場さんの黒ボク土の正式名称、「多腐植質普通アロフェン質黒ボク土」の「アロフェン質」の謎が解けたところで、続いては「普通」について聞いてみましょう。

「黒ボク土は6つに分けられますが、さらに細かな分類もあります。基準となるものの1つが黒い土の層の厚さです。黒ボク土と言いつつあまり黒くないもの、逆に深い所まで黒いものもあります。土壌の置かれた環境条件によって有機物がたまりやすい場合やたまりにくい場合があるので、断面に違いがでています」と神山さんは言います。神山さんは土壌の断面の違いを「顔つきが違う」と表現していましたが、黒い層の違いは見た目にもわかりやすいですね。土壌が育った環境が反映される層の厚さでの分類には納得です。
三浦市の黒ボク土の「普通」とついていましたがこれは黒い土の層の厚さが特に特徴的ではない(=「普通」)ということでした。

ここまで黒ボク土についてたっぷり案内をしてもらったのですが、土壌展示室にはもちろん他の土壌モノリスもたくさんありました。そちらについてもお話を伺います。

色鮮やかな赤黄色土

見せていただいたのは、赤黄色土(せきおうしょくど)と呼ばれる土壌の標本たちです。

こちらは沖縄県名護市の粘土集積赤黄色土の土壌モノリスです。東京で生活していると赤い土はなかなか見かけませんが、どんな理由があるのでしょう。
「一般的に赤色土は気温が高い地域に多いです。気温が高いと化学反応が促進されるので、土の中の成分がさかんに分解され水によって流されてしまいます。最初はイオン化傾向の大きいものから水に溶けて流され、鉄やアルミニウムが土壌に残ります。この赤色は鉄やアルミニウムの色です。この土壌はpHが低く酸性が強いので、作物が育ちにくいんです。pHが低い環境に耐えられるさとうきびやパイナップルを育てるのには良いのですが、他のものを育てるのには土壌の改良が必要になります。」
さとうきびやパイナップルといえば沖縄の名産です。土壌からもその作物が名産となる理由が見えるのは面白いですね。土壌にはとても多くの情報が隠されています。

人間の活動で変化した土

続いて見せていただいたのは低地土です。ひび割れが目立つモノリスですがこれはどんな土でしょうか。

灰色低地土の土壌モノリス。右の3つは同じ農業試験場で採取したもの。

「こちらは低地土のコーナーです。低地土は河川によって運ばれてできた土壌で水田として利用されることが多いです。日本全国にあって、どこでも変わり映えのしない土壌ですが、河川の水位に対して高いか低いか、河川から近いか遠いかなど位置の違いで、モノリスの顔つきが変わってきます。」

確かに収穫後の乾いた水田の土は表面がひび割れていて、黒ボク土や赤黄色土と全く雰囲気が違います。
この土壌モノリスたちはよく見るといくつかの層に分かれて、洪水などのたびに、河川から土壌が供給されたということが見て取れます。しかし、この写真の右側3つの土壌モノリスはなんだかつながっているみたいです。

「実はこの3つの土壌モノリスは同じ農業試験場の別の試験水田から採取したものなんです。右から60年間有機肥料をあげた水田、化学肥料をあげた水田、肥料をあげなかった水田です。肥料がないと作物の育ちが悪いので土壌への有機物の供給量が少なくなりました。有機肥料と化学肥料では見た目には差がないのですが、分析をした結果、有機肥料を上げた水田のモノリスでは、表面の有機物量にのみ差が見られました。」
地理的な要因や気候だけでなく、人間の土地の使い方でも土壌が変化することがよくわかる貴重なサンプルです。そう考えると、誰がどう使っているかで、水田ごと、畑ごとの土壌は全く異なるものだと考えることもできそうです。

土壌を通じて見えたつながり

作物を作るのに欠かせない土壌は、きっと環境や人間と食とのつながりを作っているだろうと想像していました。農業環境インベントリー展示館で土壌モノリスを見て感じた「なぜ?」を解き明かす中でたくさんのつながりを発見しました。
地形や気候、植物など環境が長い時間をかけて土壌を少しずつ育む。人間は土壌や気候に合った作物を育てる。そして育った作物に由来する有機物であらたな土壌が作られる。肥料を撒く、水を溜める。人間の活動も土壌に影響を及ぼす。

食を取り巻くつながりは複雑で、知れば知るほど見えなくなって底なし沼にはまったような気持ちになります。ですが、負けずにこれからも食のつながりを探っていきます!

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