食の現場を探る vol.3

作物の病気と害虫はAIにおまかせ?

こんにちは。科学コミュニケーター竹下です。
食の現場を探るシリーズ第3弾となる今回はどこの畑でも悩みのタネであろう作物の病気や害虫について探ります。

vol.1 食卓の野菜、畑ではどんなすがた?現場に行って調べました。

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220324post-462.html

vol.2 足元に広がる土壌のひみつを調べてみました。

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220814post-472.html

みなさんは最近スーパーでどんな野菜を買いましたか?
私たちが日々買ったり食べたりしている野菜も含め、食用に育てられている作物たちはとってもか弱く、手をかけて丁寧に育てなければなりません。病気や害虫、雑草などの対策をまったくしないで作物を育てると、キュウリの収穫量が88%も減ったという実験結果もあります。
ですが、病気や害虫ごとに対策は変わるし、手間もかかるしとても大変な作業です。この作業、少しでも楽になったら良いですよね?
実は2021年、コンピューターを使ったお助けツールの開発が行われました。その名も「AIによる病虫害画像診断」。作物の病気や害虫の被害を撮影すると、原因を診断して教えてくれるというものです。
今回はこの技術を開発した国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(通称:農研機構)の山中武彦先生にお話をうかがってきました。

AIに注目している理由は?

―今日はAIを使った病虫害防除診断の研究についてお話を聞かせてください。
はじめにお断りしておかないといけないことがあります。実は我々が言う「AI」はArtificial Intelligence(人工知能)じゃないんです! Agricultural Information(農業情報)という意味なんです。でも我々のAI(農業情報)も、新しい科学技術を農業に利用するという点はAI(人工知能)と変わりません。

―はじめから意外な事実にびっくりしました。ではAI(農業情報)についてもう少し詳しくお聞かせください。この「情報」には何が含まれているのでしょうか。
まず農業にまつわるデータはなんでも含まれます。私の専門の昆虫管理の分野でいえば、気温や降雨量、土壌環境、どんな肥料をどれくらい撒いたか、作物の生育状況はどうか、害虫発生モニタリング調査の結果などです。ただデータだけでは使いようがないので、データを解釈したりデータを活用したりするための考え方や統計モデル(人工知能を含む)を合わせてAI(農業情報)になります。

―思った以上に多様なものが入っていますね。いまAI(農業情報)を活用した新しい農業技術が求められている理由は何でしょうか?
コンピューター技術が進んできて、あらゆる情報やシステムが集約できるようになりましたが、農業の分野では未発達です。農業の分野にもデータを活用する技術を導入して、農業従事者のみなさんや、農業を取り巻く環境がもっといいものになっていくことを目指しています。

AIによる病虫害画像診断技術の開発

―AIを使った病気や害虫の診断システムも、まさしく農業現場で生きるデータを活用する技術ですね。この技術はどのように開発されたのですか。
たくさんの写真を人工知能に学習させて、病気や害虫を診断できるようにするのですが、人工知能は人間より賢くはなりません。なんとなくたくさん葉の写真を集めるのではなく、人間がすでに診断し、原因となる病気や害虫が特定できている写真が必要です。
農研機構と、全国23府県の農業試験場が協力して主要な病気や農業害虫の被害を受けているトマト、キュウリ、イチゴ、ナスの写真を合わせて70万枚以上集めました。
まずは集めた画像の一部を使って人工知能に病虫害の特徴を覚えさせます。病虫害1種類につき約200~6,000枚ほどを人工知能の学習に利用しました。それから、画像の明るさや背景が異なっていても正確な画像診断が実際にできるのか確かめます。検証用の画像は、学習に使った画像とは別の県で集めたものを使うなど、厳しい条件で画像診断の精度を確認します。のべ100種類以上の病虫害カテゴリの判別が可能になりました。

代表的な病気・害虫の画像。このような写真を70万枚以上も集めたということです。
研究の協力体制図。
国の研究機関の農研機構と23府県の農業試験場が連携して成し遂げられた研究でした。

―原因となる病気や害虫がわかっている写真を70万枚集めるなんて、それは大仕事ですね。
集めるのに5年かかりました。写真を集めるには農研機構だけでもだめ、大学の研究室だけでもだめ。現場のことをよく知っている各府県の農業試験場の研究員が参加して、病気や害虫の診断をしてくれました。日本の農業試験場の仕組みがあってこそできた研究です。

―農研機構や大学の研究員と、農業試験場の研究員は何が違うのでしょうか。
例えば私の場合、昆虫が専門なので、害虫はわかるけど病気のことには自信がないんです。また、病気を専門とする研究者の中でも「ウイルス病なら任せろ! でもカビの病気はちょっと……」といった具合にさらに細かく専門が分かれています。ですが、試験場の研究員は農家さんと常に接していて相談を受けることも多いので、植物に起きる病気や害虫被害の全般に精通しています。

都道府県の農業試験場:新しい品種・農業技術の研究開発をはじめ、栽培方法へのアドバイスを行ったり病虫害を診断したりすることで地元農業の問題解決をサポートする。農業技術センター、研究センターなど都道府県によって名称はさまざま。

―専門家の方でもわからないことがあるとは、病気や害虫の診断の難しさを感じます。
日本は温暖湿潤な気候のためか、植物の病気や害虫が多様なことも診断を難しくしている原因です。別の病気でも見かけでは病状が似ていたり、同じ病気でも段階によって病状が変化することなどあります。実際には見た目だけでは病気の原因が判断できない場合もあって、そういった病気には画像診断は使えません。いまのところ開発した画像診断の精度は80%ほどですね。

AIによる病虫害画像診断はどこで使える?

―何が原因で作物が弱っているのか判断できれば、必要な対策が見えてきますね。画像診断はどうしたら利用できますか?
現在はWAGRIという農業データ提供システムを通じてサービスを提供しており、農家さんたちで作られる農業協同組合(農協)や農業資材メーカーを介して、農家さんや家庭菜園を楽しむ人に使ってもらっています。私たちはサービスをつくりましたが、社会実装にあたっては、農家さんへのサービスをふだんからやっている企業さんに入ってもらったのです。

―企業や農協はこのサービスを使って農家の方々とどんなコミュニケーションをとっているのでしょうか。
病虫害の対策をいっしょに考えているみたいです。例えば農薬は使い方が難しく、同じ農薬ばかり使うと害虫にすぐ耐性がついてしまいます。これまでに使用した農薬を確認しながら、今回はどういった農薬を使えそうか、農薬の情報をお伝えしているようです。

農業での新しい技術利用はこれからどうなる?

―AI(農業情報)を活用した新しい技術の利用は広がっていると感じていますか。
残念ながら苦戦しているように感じます。新しい技術を開発するためには膨大なデータが必要なのですが、このデータ集めがなかなか大変です。データを提供することに対して不安をもたれてしまうこともありますし、データの権利や取り扱いの取り決めなどデータを提供してもらう際に生じる手続きも難しくなっています。

―データ提供における不安とはどういうことでしょうか。
例えば、自分の畑で病気が出たという情報はあまり出したいものではありませんし、他人に知られたくないものです。もちろんデータを提供してもらう際にはデータの匿名化をして、だれが提供したものかわからなくしますが、それでも心配だから提供したくないと思う人もいます。

―AI(農業情報)の利用が拡大するにはまだ課題がありそうですね。ですが、AIを使った病虫害画像診断システムの活用は、病害虫防除の考え方を変えるのではないでしょうか。
病気や害虫の発生記録を集めて統合できるようになれば、いつどこでどんな病気や害虫が発生しているのかを地域全体で捉えられるようになるかもしれません。すると、「いまここで対策をすれば、病気が地域に蔓延していくことを抑えられる」というような地域全体での病害虫防除につながるのではないでしょうか。

また、いま農業の現場ではベテランではない若い人やアルバイトさんが増えています。経験の浅い人も病虫害画像診断を使うことで、「こんな診断が出たんですけど……」と病虫害について周囲の人たちとコミュニケーションをとるきっかけになることも期待されます。また早々に病虫害を発見し、診断によりターゲットを見定めることができれば、農薬使用量の節約や最適な時期の効果的な農薬散布につながると考えられます。

画面上中央が山中先生。昆虫がご専門ということで昆虫のお話をするときは特に楽しそうです。

―最後に、先生のご専門は昆虫管理ということですが、新しい技術が農業の現場に普及すると、農業と害虫の関係も変わるでしょうか。
私自身は昆虫が専門で、昆虫はどうして大量発生するのだろう、どうしてこんな不思議な生物なんだろう、というのが元々の研究のモチベーションでした。そしてデータが豊富な農業害虫に注目し今に至ります。
現在、どこで病気や害虫が発生するのかという調査は、都道府県の農業試験場の膨大な巡回調査や捕獲調査によって行われています。巡回調査では県内の数十か所ものポイントを回って病気の発生を確認し、捕獲調査では誘蛾灯にくる害虫の数をなんと5日ごとにカウントしています。その結果から「今年はこういう病気が流行りますよ」「こんな害虫の大発生の傾向があります」と注意を行っているのです。
でもAIを活用した病虫害画像診断が浸透して、みなさんが害虫や病気の被害の様子をスマートフォンで撮影するようになったら、地域ごとの巡回調査や捕獲調査では調べていなかった時期や場所の様子もわかるようになります。いままでは専門家が限られた地域でデータを集めていましたが、それがきめ細かいネットワークで集められるようになる。こうして集められた病気や害虫に関する新しいAI(農業情報)を使って、研究の手法もこれまでと変わるでしょう。病気や害虫はなぜ発生するのか、どうやって広がっていくのかをこれまでと異なる方法で解析する、新しい研究につながっていくんじゃないかと考えています。私は病虫害画像診断が病気や害虫のデータをマネジメントするための基盤や、農業の現場とデータをやりとりする新しいコミュニケーションツールになるんじゃないかと期待しています。

おわりに

AI(農業情報)を活用した病虫害画像診断は、食の現場に関わる農家、農業メーカー、試験場の研究員、開発研究者と多くの人が関わり、そしてデータを通じてつながる一つのコミュニケーションツールだと感じました。
AI病虫害診断システムは昨年3月にトマト・キュウリ・イチゴ・ナスの4作物を対象にサービス提供が始まりましたが、今年の3月に診断対象作物がモモ・ブドウ・ピーマン・ダイズ・ジャガイモ・カボチャ・キク・タマネギの8作物に拡大しています。AI(農業情報)活用のつながりは拡大しているようです。

【参考資料】
農研機構プレスリリース
(研究成果) AI病虫害画像診断システムをWAGRIで提供開始 (2021/3/15)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/rcait/138806.html
(お知らせ) 農研機構AI病虫害画像診断WAGRI-APIを公開 (2022/3/28)
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/rcait/152081.html

WAGRI
https://wagri.net/ja-jp/
社団法人日本植物防疫協会 農薬等を使用しないで栽培した場合の病害虫等の被害に関する調査報告
https://www.jppa.or.jp/wpsite/wp-content/uploads/sakumotsuhigai.pdf

「テクノロジー」の記事一覧