東日本大震災の伝承vol.1

わたしたちは過去の災害の記録から何を学べるか?(後編)

前編では、東日本大震災から得られた教訓についてお話いただきました。

(前編)https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20230227post-486.html

後編では、今も続けられている伝承活動について聞いてみました。

東北大学の柴山先生にインタビューしました

被災地の伝承館

―東日本大震災の被災地では、いまどのような伝承活動が行われていますか?
「それぞれの地域で個別に東日本大震災の伝承施設が作られました。自然条件や文化、被害状況が地域ごとに異なるので、各伝承施設で学ぶべきものがあります。また、実際に地元に来てもらい、土地を歩いたり文化に触れたりすることは、メディアやオンラインからの情報では得られないものがあります。複数の伝承施設を訪れ比較することもおすすめです。」

被災の実態は場所ごとに多様です。例えば同じ「津波被害」と言っても、防潮堤や水門といった防災施設がどのように整備されていたか、土地の高低差はどの程度か、河川が町中を通っていたかなどの違いから、被災状況は大きく異なってきます。

平野が広がる宮城県仙台市若林区の津波被害 提供:国際航業株式会社
入り組んだリアス式海岸の岩手県大船渡市の津波被害 提供:国際航業株式会社

伝承活動を行う上で気を付けるべきことは?

―柴山先生は被災地で伝承活動を行う語り部、伝承館の解説員に講義をされているようですが、伝承を担う方たちにとって大事なことはなんでしょうか?
「伝承を行う際に気をつけなければならないのは、記憶が書き換わってしまうことです。震災を経験した人からいろんな話を聞いたり、現場を歩いたりとさまざまな経験を積むことで、自分が体験していないこともあたかも体験したかのように語ってしまう恐れがあります。そうならないためにも、事実を話すことが重要です。」

人になにかを伝えるときに話をついつい盛ってしまったり、逆に大事な情報を伝え忘れて勘違いを生んでしまいがち。伝言ゲームのように時間が経つにつれ、事実と異なって伝わってしまうことがあります。

「津波到達の高さについても、誇張されたり記憶が曖昧だったりと正しく伝承されないと、過剰もしくは過小な防災につながってしまいます。ですから、岩手県の東日本大震災津波伝承館(https://iwate-tsunami-memorial.jp/)の展示をつくる際には、元情報のファクトチェックに膨大な時間を費やしました。資料の一部にフィクションが混ざっていたり、証言として記載されている個人の記憶が事実と異なっていることがあったりするので、それらすべてを確認していく必要があるのです。」

さらに、伝承すべき教訓を、どのように伝え続けていくのかについて、未だ確立したものはなく、その手法についても追究し続ける必要があります。
「岩手県宮古市の姉吉地区には“此処(ここ)より下に家を建てるな”という石碑があります。これは明治三陸大津波(1896年)と、昭和三陸津波(1933年)と、この地区が繰り返し壊滅的な被害を受けたことから、昭和三陸津波の後に建てられたものです。この教えは、地域住民によって守られ続け、今回の津波でも建物の被害はなかったという事例もあります。」

姉吉地区の大津波記念碑 2回の津波がここまで到達したことを示す石碑
(写真提供:東北大学災害科学国際研究所みちのく震録伝)

被災地での伝承活動

―柴山先生はいろいろな団体と協力して新しい伝承活動を生み出しています。最近の活動についてお聞かせください。
2022年9月の三陸国際芸術祭( https://sanfes.com/)のときには、大船渡の防潮堤にモザイクタイルを貼りつける『三陸ブルーラインプロジェクト』を行いました。防潮堤は津波から陸地を守る防災施設です。大船渡市の防潮堤は高く、プロジェクトの場所となった防潮堤も7.5mの高さがあります。そんな近寄りがたい防潮堤に寄ってきてもらい、向こう側にある海のことや、防潮堤を超えて津波が押し寄せた過去を感じてほしいと思い企画しました。防災施設としての機能を損ねるわけにはいかないので、防潮堤には本来あまり手を加えてはいけません。防潮堤を管理する県と防潮堤に傷をつけないようにタイルを張り付け、1ヵ月以内に跡を残さずに取り外すというルールで調整を行いました。」

7.5mの防潮堤の向こう側には海があります(提供:三陸ブルーラインプロジェクト)

「それから、津波避難を疑似体験するゲームの開発にも携わりました。『防災×観光アドベンチャー あの日―大船渡からの贈り物』(https://kyassen.co.jp/pre_anohi
)というゲームです。これは大船渡市に行かないと体験できないようになっています。大船渡市に散らばったQRコードを読み取りながら、高台の指定緊急避難場所を目指します。QRコードを読むと、選択を迫られることもあります。例えば、『おばあさんが歩けず困っています。あなたは、おばあさんを置いて避難しますか?それとも手を引いていっしょに避難しますか?』といった具合です。
災害避難時には誰もがいろんな選択を迫られることになります。『大切なものが入っているキャリーケースは置いて避難する?』『ここまで津波は来ないと地元の人が言っている。どうする?』
このゲームでは、実際に町中を移動して体を動かしながらいかに避難するか自分で判断をすることになります。自分で考えて判断することで記憶にも残る。こういったゲームも新しい伝承の形といえるかもしれません」

大きな地震が発生したら、避難をしなければいけないということは私もよく知っています。ですが、安全な避難場所に行くまでに何があるのかはじっくり考えたことがありませんでした。まず避難をするべきかどうか、何を持って避難をするのか、どこに避難をするのか、道中で危険なことや予期せぬトラブルが起きたら……。何が起きるのか予想し、事前に判断の練習をしておくことは自分や周りの人を救うことになるでしょう。

これから発生する災害

―伝承は過去の経験を未来へ受け継ぐことですが、過去の経験を上回る災害にはどのように備えたらいいでしょうか。
「災害は繰り返し起こりますから過去の災害から学べることは多くありますが、その教訓を鵜呑みにしてはいけません。東日本大震災と同じ地震、同じ津波が来ることは二度とないからです。東日本大震災と同じくマグニチュード9クラスの地震が発生したとしても、地震の揺れの周期や、持続時間、津波が来るまでの時間や津波の高さが同じということはないでしょう。
過去の経験が最大ではないということも重要な教訓です。もちろん、過去にどれくらい大きな地震が来たかは研究していますが、今わかっていることがすべてではありません。科学的な新発見が自治体のハザードマップに反映されるまでにも時間がかかっています。想定を超える災害を見据えて災害に備え、発災して避難するときも想定を超える事態を想像して行動する必要があります。」

東北地方では繰り返し津波被害を受けていたことが地層の調査からわかっています。東北地方での大型津波の発生周期は約500年とする説もありました。しかし最近の研究では500年の周期とは外れる大型津波があったことも確認され、津波の発生周期が見直されるなど、日々過去の災害について新しい発見がなされています。
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2022/02/press20220203-sanriku.html

未来館5Fで展示されている土壌断面図。地層に過去の津波の痕跡が残っている場合があります

―防災を常に見直す上でのポイントは、ほかにありますか。
「そのときの社会基盤によって備え方も変わります。東日本大震災から11年経ち、私たちの生活も変化しています。あのときはガラケーが主流でしたが今はスマートフォン。災害時の情報収集のやり方や家族との連絡の取り方も変わるでしょう。しかし、ガラケーに比べて充電の持ちが悪いスマートフォンを災害時でも使うには新しい備えが必要です。

未来の話でいうと、自動車の自動運転が広まると災害避難のやり方が変わると考えられています。現状では交通渋滞の発生などの可能性から、災害時に車で避難することにはリスクも伴います。しかし、自動運転車が普及し災害時にも混乱なく交通の制御ができるようになれば、車での避難も選択肢の1つになるかもしれません。」

この11年で変化したのは、テクノロジーだけではありません。生活様式にも変化がありました。最近では、新型コロナウイルスの流行により、避難所でもソーシャルディスタンスを確保し、ついたて等が用意されていたニュース映像が印象に残っている人もいるのではないでしょうか。これまでの震災で得られた教訓に社会事情を加味して、避難所の準備や運営が実践されています。

―社会の変化は、災害にも大きな影響を及ぼしているのですね。
「社会の変化によって、災害が多くなっています。災害が起こりやすい場所にも、人口増加のために人が住むようになって災害が増えている。平野は川の洪水で運ばれてきた土砂が堆積することでつくられた土地です。もともと洪水被害が起きやすい場所なんです。また、災害の規模が大きくなっていることにも、社会の変化が関係しています。様々な水害で被害を受けてきた日本は、巨大な防潮堤や水門を築き、災害に強い社会をつくってきました。小規模な災害は防災施設によって防ぐことができるようになった結果、町に被害を与えるのは、堅固な防災施設を超えてやってくる数百年に1度の規模の災害です。こうした巨大な災害から身を守るにはハード面だけではなく、ソフト面での対策も必要です。ですがハード面の強化により個人の災害経験が減ったので、ソフト面の対策が十分ではありません。」

命を守り、海と大地と共に生きる

―柴山先生が監修を務めた岩手県の東日本大震災津波伝承館は「命を守り、海と大地と共に生きる」という展示テーマを掲げています。大きな災害をもたらすこともある自然とどのように付き合っていけばいいでしょうか?

「なぜ海と大地というキーワードを入れたかというと、私たちが海と大地のおかげで生きているからです。日本列島が形成されたのは海や大地の活動によるものですし、人間が生きているのも自然のおかげです。だから、自然現象としっかり付き合って生きていかなくてはならないと思います。自然災害もそんな自然現象のひとつです。様々な自然現象のなかで人間は生きているんです。昔は、自然現象のなかで生きていることを当たり前に感じられる生活でしたが、今はそうではありません。もともとは自然災害が多い平野に都市ができているように、自然との付き合いが薄れています。海や山、平野など自分の住む場所の自然現象を見直し、その怖さも知りながら自然とともに生きていくことが必要だと思います。」

おわりに

2023年2月6日に発生したトルコ・シリア地震の大きな被害に地震災害の恐ろしさを改めて感じています。同時に、大規模な地震がいつ自分の暮らす地域を襲うかわからないということにも思い至り、私自身が平和な日常の中で、身近な自然や災害の存在を忘れていることも気づかされました。

「災害は繰り返し起こる。そして、それは過去を上回る規模の災害になるかもしれない」
柴山先生はこれが重要なことだと言います。私たちが過去に経験した大きな地震がまた発生するとしたら。または、過去の経験を上回るような地震が発生するとしたら、どうしたらいいのか。正直なところ、いつ発生するかわからない災害への危機感を持ち続けて生活するというのは難しいです。だからこそ、3月11日のような過去の震災を振り返る機会を逃さず、あの日に起きたことを調べたり、実際に被災地を訪れたりすることは非常に重要です。そして、知りえたことや考えたことから、自分自身の防災意識や備えを見直さないといけないと強く感じました。

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