宇宙と地上の暮らしをより良くする生活用品! Vol.2

宇宙での歯みがきに、日本の四季を添えて ―mouthpace(マウスペース)―

みなさん、こんにちは。科学コミュニケーターの中島です。冬から春へ、少しずつ季節が変わり始めてきましたね。

さて、昨年秋、国際宇宙ステーション(ISS)に初搭載された宇宙生活用品を紹介するシリーズブログ! 第二弾は、TSUYOMI株式会社の「mouthpace(マウスペース)」という歯みがき剤です。歯みがき剤といえば、チューブタイプのものをイメージする方が多いと思いますが、mouthpaceはなんと…固形なんです!

どのような想いで開発されたのか、森健一さんと今井里恵さんに話をうかがいました。

ISSに初搭載された宇宙生活用品について

宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、宇宙飛行士が宇宙で快適に暮らすための生活用品アイデアを2020年に募集。その結果、多くの企業からアイデアが寄せられ、そのうち9つが選定、製品化や宇宙仕様への開発を経て、2022年秋にISSへと届けられました。それらの製品は、約5か月にわたる若田光一飛行士の宇宙生活を支えました。なお、このアイデア募集では、宇宙の暮らしをより良くすることに加え、今後そのアイデアを地上の課題解決にも役立てることもねらいとしています。

固形の歯みがき剤「mouthpace(マウスペース)」(©TSUYOMI)
森健一さん(左)と今井里恵さん(右) (©TSUYOMI)

外出先でも気軽に口腔ケアがしたい!

―歯みがき剤といえば、チューブに入ったものが一般的ですが、TSUYOMI社の製品は固形のもの。まずは、固形の歯みがき剤をつくろうと思ったきっかけを教えてください。

森さん:今の会社を起業する前は、23年間、製薬会社で営業を担当していました。職業柄、外出することが多かったので商談前のエチケット用に、液体の歯みがき剤を持ち歩いた時期があったのですが、鞄の中でチャプチャプしたり、液が漏れてしまうことがあったりして…。一般的な歯ブラシセットを使うこともありましたが、使い終わって毛先が濡れたものをずっと鞄の中に入れておくのは、あまり衛生的ではないのではと思っていました。こんなふうに以前から、外出先における口腔ケアの課題を感じていて、固形の歯みがき剤であれば、もう少し手軽に口腔ケアができるのでは、という考えをもっていました。

さらに、東北や熊本の地震の際、災害ボランティアに参加したのですが、避難所で「口腔ケアがなかなかできない」という声を何度も聞きました。そういった災害現場では、水が限られているので普段のような歯みがきがしづらいんです。歯みがき剤が固形であれば皆とシェアできたり、少量の水または水がなくても使える製品があればより良いのではないかと思い、起業しました。

 

―市販の固形歯みがき剤をつくるまでに、どのくらいの時間がかかったのでしょうか?

森さん:じつは、日本での固形の歯みがき剤は弊社が初めてなんです。製品化するまで4~5年はかかりました。何度も試作を繰り返したのですが、最初の頃はすごく味がまずくて()。「こんなまずいの、絶対売れないよ!」と言われたこともありました。それでもめげずに、いろんな方々の協力を得ながら少しずつ進めることで、ようやく市販品をつくり上げることができました。たくさんの方々からお力添えをいただいていますから、その方々にむけた感謝の気持ちと、どうにかやり遂げなければ!というのが本音でしたね。

宇宙用に取り入れた日本の季節感

―市販されている製品が、今回宇宙用に開発した“mouthpace”のベースになっているそうですが、どんな使い方なのでしょうか?

森さん:私たちの固形の歯みがき剤は、口の中で噛むと唾液でシュワっと泡立って、歯ブラシでブラッシングすれば普段と同じように歯をみがくことができます。歯ブラシを使わずに、泡をクチュクチュと口全体でなじませて吐き出せば、マウスウォッシュとしても使うことができます。この使い方は、市販品とmouthpaceと共通です。少ない水、もしくは水がなくてもオーラルケアができるという特長があります。

直径1㎝ほどのmouthpace(©TSUYOMI)
液体を加えると、シュワっと泡立つ(撮影:科学コミュニケーター本間英智)

―市販品とmouthpaceとでは、どういったところに違いがありますか?

今井さん:mouthpaceは宇宙用に、より少ない水でもすぐに溶けるようにしたり、万が一飲み込んでも体に害がないように安全性を工夫し、ボタニカル成分で調整しました。また、フレーバーを4種類用意しました。宇宙飛行士が宇宙に行くと季節感を感じられないと聞いたので、そういうものを宇宙で感じてリラックスができるように、日本の四季をテーマにした4種類のフレーバーをつくりました。

 

―具体的に、どんなフレーバーでしょうか?

森さん:季節の「植物」にちなんで、春は薔薇、夏は薄荷(ハッカ)、秋は生姜、冬は柚子の香りです。じつは開発当初は、抹茶やほうじ茶など「お茶」をコンセプトに考えていました。宇宙飛行士の方々に試作品を試してもらった際には、良い評価をいただいたのですが、お茶は宇宙日本食として味わうことができるので、他のフレーバーがいいのではないかという声も同時にいただいて。そこで、別のもので日本の四季を想起できるものは何かと、そこから何十種類ものフレーバーを試しました。

今井さん:その流れで、それぞれの四季といえばどんな植物があるかを考えました。春といえば桜ですが、天然の香料として添加するのがなかなか難しくて……。春にちなんだ植物で、すぐに用意できる天然の香料を探したところ、日本の薔薇を見つけました。そこでようやく、春のフレーバーが薔薇に決まったんです。mouthpaceの袋を開けると癒されるようなやわらかい薔薇の香りが漂って、歯みがきをすると口の中にも薔薇の香りが広がります。

若田飛行士がISSの「きぼう実験棟」内で撮影したmouthpace(©JAXA/NASA)

―やはり、他の季節のフレーバーの選定も、なかなか難しかったのでしょうか?

今井さん:夏の薄荷や冬の柚子は、意外とすんなり決まりましたが、秋がなかなか最後まで決まらなかったですね。途中、栗という案もありました。最終的に「生姜」になりましたが、香りの好みは皆さん違いますので、宇宙飛行士によっても高評価の方もいればそうでない方もいて。そういう好みが関わってくる点でも、フレーバーの選定はなかなか難しかったです。ちなみに生姜フレーバーは、ジンジャーエールを想像していただけると良いのですが、キリっと爽やかで、私は結構気に入っています。

 

―宇宙飛行士の方々のご意見で、開発の参考にしたものは他にありましたか?

今井さん:山崎直子飛行士が、宇宙に行くと体液が上にあがって鼻がつまりやすいとおっしゃっていたので、香りは地上よりも強めに調整しました。

準備をしていた人に、チャンスが訪れる

―そもそも今回、どうして宇宙用の製品開発に挑戦しようと思われたのでしょうか?

森さん:宇宙飛行士が活動する宇宙船内では、水はとても貴重です。私たちの製品は、少量の水、あるいは水がなくても使用することができます。ですので、宇宙でも何かお役に立てるのではないかとずっと思っていました。でも、宇宙に関する知識もなく、宇宙は自分にとって遠い存在だったので、「いつか宇宙で使ってもらえたら嬉しいなぁ」という漠然とした気持ちでした。そんな中、JAXAさんが宇宙生活用品に関するアイデアを募集すると偶然耳にして、自分たちの製品がお役に立てたら……ということで思い切って2人で挑戦しました。

 

―アイデア募集がされる前から、そういった宇宙への思いがあったんですね。

森さん:じつは、アイデア募集がされる前、宇宙での歯みがき事情について素人ながら調べたことがあったんです()ISSでは、ロシア製の歯みがき剤を使っていることがわかって。そこで知人を介して、東京理科大学の先生を紹介してもらい、実際に大学にお邪魔して宇宙における飛行士の口腔ケアでは、どういった課題があるのかをヒアリングさせていただきました。その課題に対して、自分たちの製品はどんなふうに貢献できるかを、今井と二人でいろいろと話し合いました。

そんなふうに自分たちで動いていたところ、JAXAさんがアイデア募集をするという話をたまたま聞いて()

 

―なんという偶然!!準備をしていたら、チャンスが訪れたという感じでしょうか。開発中は、どんなお気持ちでしたか?

森さん:必死だったというのが正直なところですね()。途中、うまくいかなかった時期もありました。でも、完成したら宇宙に届けてもらえるんだと思うと踏ん張れましたし、今の自分にできることは精一杯やることだけだと、気持ちを奮い立たせて取り組みました。

そしてなにより、こういった宇宙の仕事に携われる経験はなかなかできないので、ありがたい気持ちが大きかったです。

 

―完成した時はどんなお気持ちでしたか?

森さん:本当に嬉しかったですね。JAXAさんをはじめ、いろんな方々のご協力がなければ完成できなかったと思いますので、皆さんのおかげで製品がやっとできた、という思いでした。

mouthpaceの今後の可能性

―今後mouthpaceは、地上用展開も予定されていますか?

今井さん:はい、地上で展開できるように準備を進めています。使用場面は、すでに市販している製品と同じようなものを想定していて、水の使用が限られる被災地のような場所に加え、レジャーやアウトドア、また日常における外出先など、さまざまな場面で利用いただけるのではと思っています。

森さん:在宅ワークで気持ちが緩んだ時に、mouthpaceでもう一度スイッチをいれてもらえたらとも思っています。私たちの製品は、お子様から年配の方まで、自分で噛んで吐き出すことができる方であればどなたでもお使いいただけます。広く、いろんな方々にいろんな場面でお使いいただきたいです。

 

―気軽に口腔ケアができるだけでなく、気分にあわせて季節のフレーバーを選べるというところも、使う側の楽しみの1つになりそうですよね。

森さん:個人的にはもう一つ、夢があって。今回、若田飛行士に使ってもらうものとして開発をしましたが、他の飛行士とのコミュニケーションツールとして使ってもらえたら嬉しいなとも思っています。YouTubeにあがっている宇宙での生活風景映像の中に、それぞれの飛行士が地上からもってきた宇宙食をシェアしながら食べる場面がありました。歯みがきでも、日本の四季を味わえるmouthpaceをシェアしてもらい、船内でのコミュニケーションのきっかけになればいいなと思っています。


編集後記

取材中、製品開発にかける熱い思いと、開発にご協力いただいた方々への感謝の気持ちを何度も口にするお二人のお人柄に、心が揺さぶられ、ウルウルしてしまいました。感謝の気持ち、私も忘れないようにしようと改めて思いました。

そして今回、宇宙飛行士用に開発されたmouthpaceを、私を含めた未来館スタッフ7名が特別に体験させてもらえることに! 未来館スタッフの人気フレーバー1位は…秋の生姜!続いて薄荷(夏)、柚子(冬)、薔薇(春)という順番でした。柚子の香りをもっと強めてほしい、子どもに人気そうな果物フレーバーがあってもよいかも、などさまざまな意見も。私はマスカットと桃の香りが好みなので、今後の開発に期待です!

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