皆様、こんにちは。科学コミュニケーターの中野夏海です。クラゲと海をこよなく愛しております。今回は、知れば知るほど海とかかわりの深い、大地に関する話題です。2022年12月に行われたイベント、「VRでさぐる! 東京のデコボコ地形と大地のヒミツ」のレポート記事の後編をお送りします。
2人の案内人によるレクチャーの様子がわかる前編はこちら:/articles/20230414vr.html
萩の地形、東京の地形をそれぞれ堪能したところで、VRゴーグルを外し、イベントの後半のディスカッションの時間です。
地球の未来と、そこに住むわたしたちの未来
これまで、地形や地名に隠された、「人と地球のつながり」について、歴史や現状を振り返ってきました。萩と東京で共通していたのは、海や川の影響を受け、大地とわたしたちの暮らしが形づくられていたということでした。近い将来、地球温暖化により洪水や高潮といった水害のリスクが上がるといわれています。萩と東京、それぞれにおいて、これから環境はどう変化するのでしょうか?
白井さんは、漁業や農業を営む方から、環境の変化についてお話を聞く機会が多いと言います。
「農作物は気温の変化を敏感に感じとります。たとえば、萩のある山口県は温暖な気候ですが、比較的涼しい山間部ではリンゴを栽培しています。最近は気温が少しずつ上がってきて、リンゴの栽培が難しくなってきていると農家さんから聞きました」。
東京について、芝原さんは「次世代の街づくりでは、水位の上昇や急な大雨の増加について考慮する必要がありますね。東京ではたくさん雨が降ったときに地下に排水する仕組みがあり、それがどの程度機能するかシミュレーションがされています。ただし、防災のための設備にも限界があります。テクノロジーによる対策を講じるだけでなく、自然との共生の方法を探っていく必要がありそうですね」。
そんな芝原さんのコメントが心に刺さったという科学コミュニケーターの花井。「先端技術による解決を試みるだけでなく、自然を尊重し、折り合いをつけながら生きていくという視点が大事だと思います。参加者の皆様、ぜひこれから街を歩く際は、今日のお話を思い出し、地球と社会の関わり方について考えてみてください」と今日の時間をまとめ、あたたかな拍手とともに閉会となりました。
イベント終了後も、3Dの地形模型や、立体模型へのプロジェクションマッピングを体験しながら、登壇者と参加者が活発に意見交換をしている姿が見られました。
企画者の想い
登壇者も参加者も一か所に集まり、VRや立体模型を使って「人と地球のつながり」について考える今回のイベント。企画から実施までを担当した科学コミュニケーターの花井にインタビューし、思いのたけや裏話を語ってもらいました。
―イベントを実施するにあたり、大変だったのはどんなことでしょうか?
花井:
まず前提として「過去の蓄積の上に現在があり、過去と現在を理解すれば、未来へのイメージが湧いてくる」という考え方があります。今回のイベントでは、この考え方をどうすればお客様と共有できるのか、かなり悩みました。
「未来」を冠する未来館で、いきなり「地球の過去を知りましょう!」と言っても、誰にもその大事さは伝わりませんよね。なぜ地球の過去を知ることが大事なのか、過去とわたしたちの現在や未来はどうつながっているのか、それを自分の暮らしとリンクしてもらうにはどうすればいいか。これらのロジックを考えた結果、今回はわたしたちが暮らす街に注目することに決めました。
どういうメッセージを伝えるか、は白井さんと一緒に練り上げました。そのメッセージをどのような体験を通して伝えるかは、芝原さんに大いに協力いただきました。
―参加したお客様の反応はいかがでしたか?
花井:
VRを使ったことで、お台場にいながら離れた土地の地形の起伏を実感できます。さらに、そこに専門家による案内までついてきますから、参加者の方が感動して思わず声が漏れるシーンもたくさんありました。これから、こういった内容や手法のイベントを未来館から発信していくにあたって、今後の活動を応援してくれるファンを獲得できたらいいなという狙いもありました。お客様の反応が良くて、嬉しい限りです。
―一番盛り上がったのはどこでしたか?
花井:
VR体験の場面、と思いきや、体験後のディスカッションです。たとえば、参加者から武蔵野のダイダラボッチ伝説*についての話が出ました。昔から東京の人々が土地の特徴を見つめ、好奇心と想像力を働かせながら暮らしていたと思うと面白いですよね。今回のイベントでは、お客様を入れ替え、レクチャー部分は同じ内容で全3回実施しました。イベントでの体験とお客様の日々の発見や興味がつながり、当日実施した3回すべてで対話が盛り上がりました。
*ダイダラボッチと呼ばれる巨人が山や谷を作ったとする伝説
―科学コミュニケーターとして、どんなところに手ごたえを感じましたか?
花井:
イベントが終わっても、参加者がなかなか帰ろうとしなかったことです。案内人に質問したり、話し込んだり、立体模型を見ながら参加者同士であれこれ議論したり。参加者の知的好奇心に火がついた姿を目にして、企画者としてこれほど嬉しいことはないです。
また、今回はVRゴーグルを使用する都合で参加できる人数や対象年齢に制限がありました。それでも、興味をもって会場をのぞいてくださる方がたくさんいました。今回のようなイベントへのニーズを感じましたね。
―バーチャル技術が発達したら、科学館に行く人や、ジオパークに実際に行く人は少なくなってしまうのでしょうか?
花井:
いや、そんなことはないでしょう。
白井さんがイベント中に「その土地で感じる風や匂いは、VRではまだまだ表現できない」と話していました。その通りだと思います。どんなに技術が発達しても、実物を見たときの感動や、そこで暮らす人々の言葉を聞いて感じることは、なくならないはずです。実物をスキャンなどでデータ化するときに、再現できず抜け落ちる情報はいくらでもあります。バーチャルがリアルにとって代わるのではなく、バーチャルはバーチャルならではの表現や体験を追求していくのではないでしょうか。例えば、メタバースでは博物館にある化石によじ登ることだってできます。一方で、リアルはリアルならではの体験を重視しながら、リアルとバーチャルが共存していくと考えています。
―このブログの読者には、博物館や教育機関で働いている方もいらっしゃるでしょう。そのなかには、VRなどの先端技術を使った新しいかたちでのイベントを企画したいと考えている方がいるかもしれません。そんな仲間たちへのアドバイスをお願いします。
花井:
まずは相手にとっての「身近な目線」を意識することが大事です。今回のイベントで言えば、散歩で目につく風景、聞きなれた地名や見慣れた建物などを足がかりにしました。イベント後、参加した方が帰り道でみる風景がどんなふうに違っていてほしいのか、具体的にイメージすることが重要だと考えます。
―ありがとうございました!
おわりに
わたし自身はふだん海のことばかり考えていますが、このイベントの企画や実施を通して、大地にも興味をもつようになりました。地質に関しては全然詳しくありませんが、そんなわたしにも楽しい発見が色々ありました。たとえば、砂浜の色や砂の粒の大きさ。「砂浜を作るのはその後ろに控えている山です」という話が、イベントのレクチャーの中でありました。砂浜の色が地域ごとに違うのは知っていても、これまでは「なぜだろう?」と考えたことはありませんでした。今回のイベントを通して、海も大地もつながっている! と意識するようになり、海に行ったときは振り返って内陸側の地形や磯場の岩の形も気にするようになりました。
未来館で科学コミュニケーターとして働いていると、これまであまり関心がなかった領域に触れ、興味を持つようになる、という素敵なことがよく起こります。
これからもたくさんの出会いに期待です!