皆さん、こんにちは!
科学コミュニケーターの倉田祥徳です。
私は東北沖での大規模な科学掘削プロジェクト 「JTRACK」 のアウトリーチオフィサーとして、2024年12月3日より18日間、地球深部探査船 「ちきゅう」 に乗船してきました。
このブログでは、乗船中に出会った一人の面白い研究者のお話をしようと思います。
JTRACKについて詳しく知りたい方はこちらのブログをご覧ください
あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

その研究者とは、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所 所長代理の石川 剛志さんです。
石川さんの、専門分野はジオケミストリー(地球化学)で、“化学” の視点から地学に関する研究を行っています。
私は大学院修士課程まで化学を専攻していた、化学大好き人間です。
石川さんは“化学”の視点からどんなアプローチで地学の謎に迫っているのでしょうか。詳しくお話をうかがいたいと思います。

JTRACKでは2011年に発生した東北地方太平洋沖地震のメカニズムの全貌解明に向けて、宮城沖から約200 km離れた二ヵ所で科学掘削をしています。この地震は、海側のプレートが陸側のプレートの下に沈み込む「海溝」付近で発生しました。海側のプレートが沈み込む際、陸側プレートが引きずられてひずみがたまり、限界に達すると跳ね上がって地震が起こります。

JTRACKで掘削する二ヵ所とは、海側のプレートが陸側のプレートに沈みこむ前と沈み込んだ後の場所です。

そのうち、海側のプレートが沈み込んだ後の場所は、2012年に行われたJFASTという科学掘削プロジェクトと同じ場所を掘削しています。
石川さんは、JFASTのときにも 「ちきゅう」 に乗船していました。
本ブログでは、12年前のJFASTの時の話も合わせてうかがっていきたいと思います。
さて、石川さんは、現在どんな研究をされているのでしょうか。
石川さん:今JTRACKで進めている研究は、これまでに取り組んできた研究とドンピシャで同じなんです。JTRACKで調査しているのが、沈み込み帯です。沈み込み帯とは、昔、海底をつくっていた海側のプレートが沈み込んでいる場所です。

海底というのは海の下にあるので、プレート内部にけっこうな量の海水などが浸みこんでいきます。すると、水を含んだ鉱物がいっぱいできるので、海側のプレート内部は水で満ちていきます。その水で満ちているプレートが沈み込んでいくと、だんだん温度も圧力も高くなり、押されてピュッと出てくる水もあれば、水を含んだ鉱物が耐えきれなくなり、鉱物が潰れて水が出てくることもあります。つまり、沈み込み帯では “水が動く” のです。この水の中にはさまざまなものが溶け込んでいるので、専門的には「水」ではなく、「流体」 と呼びます。沈み込み帯の 「流体」 が引き起こすいろいろな現象を理解するというのが私の研究テーマなんです。

―この流体と地震にはどんな関係があるのでしょうか?
石川さん:地震を起こすトリガーの1つが 「流体」 だといわれています(※これ以降は簡易的に 「流体」 ではなく 「水」 と表現します)。例えば13年前に行ったJFASTの研究成果の1つに 「サーマルプレシャライゼーション(Thermal pressurization)」 があります。言葉が難しいので、熱でもって水による圧力ができることから私は日本語で、「熱圧化」 と呼ぶようにしています。
これは、水が通りにくい地層で地震を引き起こすような断層が滑ったとすると、もともと岩石に封じ込まれた水は、地震の滑りによって生じた摩擦熱で加熱されます。しかし温度が高くなる一方で、他の場所に水が逃げられないので、その場で膨張します。それまで断層が滑りにくかったのは、断層が上から押されているからですが、これが水の圧力によって、ふわっと浮いてしまうとどうでしょうか。
そうです、浮いた断層は、 “ひゅわー” と一気に滑ります。

この現象が東北地方太平洋沖地震のときに起こったとされています。これはまさに地震と水が関わっている例の1つです。そして、もし 「熱圧化」 が起こった場所の断層が採取されれば、そこは地震の際に温度が高くなっているため、周りの水と岩石が化学反応を起こしていると考えられます。化学反応が起きているかどうかは岩石の中を分析してわかるのです。
実際に地震が起きて、断層が滑るときに水と岩石の間にどんな反応があるのか、何が起こっているのか知りたいと思っています。
さらに今回は、沈み込む前の海側のプレートからもコアサンプル(掘削した岩石や堆積物の柱状の試料)を採取してきます。仮に沈み込んだ後のプレートで水と岩石が反応しているならば、反応をする前はいったいどんな岩石だったのか、もともとどこから水や岩石がやってきたのか調べることができます。

いったいどんなことが岩石と水との間に起こっているのか気になりますね。ほかにも、上から下の層まで連続したコアサンプルを採取することができたので、 「流体の動き」 の全体像を把握するなどの研究にも取り組まれるそうです。流体の行方はいかに!
~小休憩~
未来館ではときおり、3階奥のコ・スタジオで 「元素トーク ~あなたの気になる元素はどれ?」 と題した科学コミュニケータートークを行っています。

元素周期表を見ながら、気になる元素について参加者と科学コミュニケーターが和気あいあいと話すという楽しいプログラムです。

そこで! “化学”の視点から地学を研究している石川さんと話す機会があったので、これは聞くしかない! ということで、好きな元素を聞いてみました。
石川さんのお好きな元素はなんですか?
石川さん:ホウ素(B)です。
ホウ素。正直あまり聞きませんね。しかし思い入れがあるのでしょう。なぜホウ素を選んだのでしょうか?
石川さん:私の研究で一番使っているからですね!(笑)
ホウ素は、流体 (水) の動きに非常に敏感です。そのため、流体がどこから動いてきたものか、その起源を特定することができます。例えば、ホウ素は高温条件であれば、流体の方へ移動し、低温であれば岩石にくっつくという性質をもちます。
この性質を利用することで、過去に地震が起きた断層なのかどうかを判断することができます。もしある断層が地震によって動いていた場合は、摩擦熱によって高温状態になります。そうすると、岩石にくっついていたホウ素が流体中に溶け込みます。結果的に岩石の中のホウ素が抜けていれば、その断層は過去に地震によって動いた可能性を見いだすことができるのです。ホウ素はこのように “指標” として使うにはうってつけです!

このほかにも、ホウ素は大昔の海の酸性度(pH)までわかる代物なのだそうです。ホウ素が多く活躍する研究をたくさん行ってきたという石川さん。“ホウ素愛”にあふれていました。もしもこのブログを読まれた方が、未来館で私が担当する「元素フリートーク」に参加されたら、ぜひホウ素を選んでください。石川さんからお聞きした貴重な情報をお伝えします!
さて、次は約12年前の掘削プロジェクト 「JFAST」 のお話をうかがっていきたいと思います。
実は未来館の5階にもJFASTの際に採取されたコアサンプルのレプリカが置いてあります。

JFASTは、一体どんな航海だったのですか?
石川さん: JFASTのときは、深海7,000mの掘削なんて初体験で、難しいハードルをいろいろ越えないといけなかったんです。2か月の航海のうち、最初の1か月は何もできなかった。それは、失敗続きで先に進めなかったということです。例えば、水中に 「Under water TV」 という水中カメラをいれるのですが、その通信ケーブルが切れてしまったり……。
しかし、本当に最後の1週間で集中的に掘削してコアを採取することができました。一方で、時間の関係上、計画されていた温度計の設置などはJFASTの後でやらないといけなくなりました。当時は、全員で全力を尽くしたけど、それでもとれたコアは少量でしたし、わかったことは限られていました。今回のJTRACKは、オペレーションがうまくいき、実感としてかなり全体像が見えてきています。あらゆる面で。まとまった説得力の高い成果がでるのは間違いないと思います!

JTRACKの成果が待ち遠しいですね。
私が乗船したのは、約4か月にわたるJTRACK研究航海の終盤、帰港前の最後の2週間半でした。
その期間、船内では多くの研究者たちが、これまでに得られた膨大なデータの整理と分析に全力を注いでいました。その熱意と集中力を間近で見ていたからこそ、今回の科学掘削からどんな新しい知見が得られるのか、本当に楽しみにしています。これからも、未来館からJTRACKについてたくさんお伝えしていきます!
ちなみに、石川さんの小学校の卒業文集で書いた将来の夢は 「科学者」 だったそうです。
プロ野球の大谷選手みたいだな、と。

【参考】
・JTRACK関連ブログvol.1「あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html
・JTRACK関連ブログvol.2「若き研究者たちの挑戦 ~JTRACKの次を見据えて」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250210-jtrack.html
・JTRACK関連ブログvol.3「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 前編」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250305-in.html
・JTRACK関連ブログvol.4「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 中編」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250414jtrackvol4.html
・JTRACK関連ブログvol.5「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 後編」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250421content-23.html
・JTRACK関連ブログvol.6「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 後編」
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・東北地方太平洋沖地震後の時空間変化を捉える(JTRACK)