JTRACK関連ブログvol.6

東北沖で語る研究者の想い ~アウターライズ地震に迫る

皆さん、こんにちは!
科学コミュニケーターの倉田祥徳です。

皆さん、「アウターライズ地震」 とよばれる地震をご存じでしょうか?

中学校の理科の授業では、地震には、東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震のようなプレートどうしの境界で起こるような地震と、2016年に発生した熊本地震や昨年の能登半島地震のような内陸の活断層によって引き起こされる内陸型の地震があると教わります。(前職は中学校で理科教員をしていました。きっと教え子たちは覚えてくれているはず・・・)

 

アウターライズ地震はその二つとは、また違う地震だそうです。
では、いったいどんな地震なのか。
海洋の地震を研究されている東京大学大気海洋研究所の山口飛鳥さんにお話をうかがってきました。

質問をすると、いつも優しく丁寧に教えてくれるので、指導教員をしてもらいたいランキングがあれば必ず上位に入る飛鳥さん。学生時代に出会えていればなと……

飛鳥さんとは、地球深部探査船「ちきゅう」 の船上でお会いしました。

地球深部探査船「ちきゅう」のヘリデッキから撮影した写真

東北沖の大規模な科学掘削プロジェクト 「JTRACK」 のアウトリーチオフィサー(JTRACKの活動を多くの方に伝える仕事) として 「ちきゅう」 に20日ほど滞在していた時に、飛鳥さんは 「堆積学」 の研究者として乗船されていました。

JTRACKについて詳しく知りたい方はこちらのブログをご覧ください

あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

本ブログでは、アウターライズ地震に加えて、JTRACK時の飛鳥さんとのエピソードや研究についてもご紹介したいと思います。
まずは、アウターライズ地震について深堀りしていきたいと思います。

―アウターライズ地震とはいったいどんな地震なのですか?

飛鳥さん:地震の種類には3つのタイプがあります。

1つ目は大陸側のプレートと海側のプレートの境目で起こるプレート境界型地震です。JTRACKで詳細に調べている東北地方太平洋沖地震(東日本大震災を引き起こした地震)や、今後起こるかもしれない南海トラフでの地震がこのタイプです。

2つ目は、大陸側のプレートの中だけで完結している地震です。内陸地震とも言われています。令和6年能登半島地震、熊本地震、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災を引き起こした地震)などが例に挙げられます。

プレート境界型地震と内陸地震

そして、3つ目は海側のプレートの中で起こる地震です。こちらは海側のプレートが沈み込んだ後の深い場所で起こる地震と、プレートが沈み込む前の浅い場所で起こる地震があります。前者を 「スラブ内地震」 、後者を 「アウターライズ地震」 といいます。

「アウターライズ地震」 とは、海側のプレートが沈み込む前の浅いところ、海の中で起こっている地震のことをさします。

スラブ内地震とアウターライズ地震

―このアウターライズ地震はどんな特徴があるのですか?

飛鳥さん:特徴は、陸から遠いところで地震が起きるため、揺れが陸に到達するまでにだんだんと弱くなっていき、陸地での震度が小さくなる傾向にあります。一方で、あんまり揺れないわりに、海側のプレートの浅い場所がずれるので、規模が大きいものだと津波を引き起こす可能性があります。


日本海溝では、大きなプレート境界型地震の後に大きなアウターライズ地震が起きる傾向があることが知られています。一例を挙げると、1933年に三陸沖で発生した昭和三陸地震は、1896年に起きた明治三陸地震の影響で起こった大きなアウターライズ地震だと考えられています。震源の深さはごく浅く、マグニチュードは8.1でした。岩手県沿岸では当時の基準で震度5を観測しましたが、その後、大きな津波が襲い、甚大な被害をもたらしました。しかし東日本大震災の後には大きなアウターライズ地震はまだ発生しておらず、その発生が懸念されています。

昭和三陸沖地震での被害のようす(提供元:「https://miyako-archive.irides.tohoku.ac.jp/nenpyo/jishin_tsunami/showa_sanriku/(宮古市災害資料アーカイブ)」)

しかし、このアウターライズ地震については、わかっていないことの方が多いと語る飛鳥さん。研究を行う上で難しさはどんなところにあるのか聞いてみました。

飛鳥さん: 「アウターライズ地震」 の研究を行う上で難しい点が2つあります。
1つ目は、「観測のしにくさ」です。陸上とは異なり、周りに地震計もなく、陸から遠いため、地震学的な観測も容易ではありません。
2つ目が 「痕跡が残りにくい」 ことです。海側のプレートを注意深く調べれば、過去に起こったアウターライズ地震の痕跡があるはずなのですが、そもそも水深5000mを超える深海で、さらに、海側のプレートは陸側のプレートの下に沈み込んでしまうため、物質的証拠が残りにくいのです。まさに証拠隠滅です。
プレート境界の断層や内陸活断層では、何度も同じ場所(断層)で地震が起こります。それは、一度断層が動くと、その断層が弱くなるためです。
一方、アウターライズ地震は、海側のプレートが沈み込む前に曲がる場所で起こります。そこでは、プレートが折れ曲がる際に加わる力によって、複数の新しい断層がまさにできかけています。

飛鳥さん:それらの新しい断層のうちのどれかで地震が起きると考えられるのですが、地震を引き起こす断層に規則性があるのか?どの順番で断層が動くのか?1回地震が起きたら、その後は同じ断層が動くのか?それとも別の断層が動くのか?など分からないことが多いです。


聞くだけで、研究の難しさを感じられますが、今後はどのようにアプローチしていくか聞いてみました。

飛鳥さん:まずは、いろいろな証拠を集めたいと思っています。地震によって揺れることで、海の底に溜まっている堆積物が “ゆすられて” 、より深いところに堆積することが、プレート境界である海溝付近では起こります。しかし最近、海溝よりも浅い海底(アウターライズ地震が起こる場所)でも同じ現象が起こっていることがわかってきました。この “ゆすられて” 降り積もった堆積物を細かく調べることで、アウターライズ地震を引き起こした断層の情報(いつ、どのくらいの規模で、地震が起こったのかなど)を復元することができるかもしれない。さらにデータを積み重ねていけばアウターライズ地震の発生間隔、1本の断層が繰り返し動くのか、1回断層が動くとしばらく動かなくて別のところが動くのか、などの問題に対して答えがでるかなと思っています。


“ゆすられて” 降り積もった堆積物をヒントに、アウターライズ地震の正体を明らかにしていく過程は、探偵が現場に残された手がかりから犯人の姿を浮かび上がらせていく過程と似ていますね。ぜひ 「アウターライズ地震」を起こす犯人を捕まえてほしいです!

コアサンプルと真剣に向き合う飛鳥さん、手にはびっしりと書かれたノートが。

~小休憩~

「ちきゅう」には、自宅の次に長くいるという飛鳥さん、 「ちきゅう」 乗船はこれでなんと5回目だそうです。
次に乗船する方に向けて、 「これは持参するといい」 ものを教えてもらいました。
それは…

お菓子と飲み物!

飛鳥さんは必ず、大量の紅茶 (ちょっと高級な物なのだとか) と和菓子をもっていくそうです!

飛鳥さん満面の笑み。 「一口ようかんがおすすめです」 だそうです。

次もし乗船する機会があったら、私もお気に入りのお菓子をもっていこうと思います!

さて、ここからは普段どんな研究をされているのか、JTRACKではどんな研究をするのかうかがっていきたいと思います。

―普段はどんな研究をされているのですか?

飛鳥さん:岩石や地層の変形を見ることが専門です。学生時代には、陸上のいろいろな地層や岩石の変形を調べてきましたが、約17年前に 「ちきゅう」 の最初の航海で海の研究に関わって以来、とくに海の中の石の変形、地層の変形も調べるようになりました。最近では、南海トラフの掘削やそこで見られた断層の研究、能登半島地震の緊急調査および海底の活断層の研究を行ってきました。


―今回のJTRACKではどんな研究をするのですか?

飛鳥さん:海側のプレートの下の方にある石の水の含み方がどうなっているのかを調べたいと思っています。地震を引き起こす断層では、石の中の水は、いわゆる “潤滑剤” としてはたらきます。しかしながらこの水がいったいどこからきたのかなど、わかっていないことが多いです。今回は幸いにも、海洋プレートの下の部分であるチャート層とその先の玄武岩の層まで採取できました。この辺りでは、どのくらい水を含んでいるのか入念に調べることによって、その水がどこから来たのか明らかにしたいと思っています。

もう1つは、アウターライズ地震の地層の中の痕跡がいつからあるのかを調べることです。JTRACKでは、プレートが沈み込んでいる場所を掘削しています。

掘削地点の図

掘削で得られるコアサンプルは、基本的に下にいけばいくほど古い層になります。プレートが沈み込んでいる場所で採取されるコアサンプルには、これまでに海側のプレートが移動しながら堆積してきたものが積み重なって含まれているため、どこかの層にアウターライズ地震の痕跡が記録されているのではないか、と考えています。


もしかすると、プレートが沈み込んでいる場所で得られるコアサンプルには、アウターライズ地震の痕跡が残されているかもしれないということですね。

さて、これらの研究を行うために、「ちきゅう」の船上で行っていることがあります。
それは…

スケッチです!

実際に飛鳥さんがスケッチしていた図

このスケッチは、採取されたコアサンプルの岩石の種類や構造を把握するために行われます。それにしてもうつくしい。

どうすればこのように、岩石の違いを見つけることができるのかうかがったところ、最初は見てわからなくても、見ているうちにだんだん気づくようになるという飛鳥さん。
まるで 「会話ですね」 というと。

すかさず飛鳥さんから 「対話です」 と返ってきました。

しびれました。
その一言には、今まで本気で岩石に向き合ってきた経験と実績がつまっているように感じました。モノと真剣に向き合い、根気強く、丁寧に観察し続ける。
その姿勢はまさに職人です。
プロフェッショナルとは何か。を教わった気がします。

また、このスケッチのこだわりポイントは 「色」 だそうで、カラーチャートを見ながら、たくさんの色を描き分けているそうです。

カラーチャートとコアサンプル(写真提供:JAMSTEC広報課 中野夏海様)

スケッチを通じて、得られたこの岩石の種類や構造の情報をもとに、それぞれの研究者が持ち帰るコアサンプル場所を決める 「サンプリングパーティー」 が開かれます。

サンプリングパーティー中に他の研究者にコアサンプルの構造を説明する様子

飛鳥さんも無事にほしい部分のコアサンプルを手に入れたのだとか。

ほしいコアサンプル部分に目印の旗を立てます。

最後に、 「ちきゅう」 に乗船しているからこそわかる、科学掘削の醍醐味は何ですか?という質問をしてみました。

飛鳥さん:みんなでいっぺんに、「せーのっ」で研究できることです。同じ対象物をさまざまな分野の研究者が研究しているので、成果がでるのが非常に早いですし、いたるところで研究者同志のコラボレーションが起こる。そうすると 「集中力」 「突破力」 「相乗効果」 によって、より多くのことが一気に理解できます。

他の専門分野の研究者たちと議論する様子

そして飛鳥さんの旅はまだまだ続きます。

JTRACKが終わった翌日には令和6年能登半島地震に関するシンポジウムhttps://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0210_00333.html)があり、大忙しです。

さらに、なんと2025年秋からも、共同主席研究者として再度「ちきゅう」に乗船し、新しいタイプの火山である「プチスポット火山」を調べる研究航海にでるそうです。
地震の次は火山。まさに今、引く手あまたの飛鳥さんです。
今回こんなにも貴重なお話を聞くことができ、 「地震」 研究の最先端を垣間見ることができました。飛鳥さん、ありがとうございました。次の航海も美味しいお菓子とお茶をおともに、ぜひ頑張ってもらいたいと思います!

【参考】

・東京大学大気海洋研究所ホームページ

https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/

JTRACK関連ブログvol.1「あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

JTRACK関連ブログvol.2「若き研究者たちの挑戦 ~JTRACKの次を見据えて」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250210-jtrack.html

JTRACK関連ブログvol.3「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 前編」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250305-in.html

JTRACK関連ブログvol.4「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 中編」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250414jtrackvol4.html

JTRACK関連ブログvol.5「研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 後編」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250421content-23.html

・東北地方太平洋沖地震後の時空間変化を捉える(JTRACK

https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp405/index.html

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