JTRACK関連ブログvol.3

研究者に聞く、来館者からのリアルな質問集 in 地球深部探査船 「ちきゅう」 前編

皆さん、こんにちは!

科学コミュニケーターの倉田祥徳です。

2011年に発生した東北地方太平洋沖地震のメカニズム全貌解明を目指す大規模な海底掘削プロジェクト 「JTRACK」が、20249月から12月にかけて行われました。私はこのJTRACKのアウトリーチオフィサー(JTRACKの活動を多くの方に伝える仕事の担当者)として、123日から1220日まで地球深部探査船「ちきゅう」に乗船してきました。

JTRACKについて詳しく知りたい方はこちらのブログをご覧ください

あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」

https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

帰港した際に撮影した地球深部探査船「ちきゅう」の写真。それにしても大きい…

未来館では2024年夏に、地球深部探査船「ちきゅう」やJTRACKの活動を紹介する期間限定企画 「地震のほしをさぐる」(https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202408013535.html)を開催しました。会場では、JTRACKで「ちきゅう」 に乗船している研究者たちに、来館者からさまざまな質問や応援メッセージが寄せられました。下の写真のように「ちきゅう」内に飾って頂いています。今回、これらの質問の中からいくつかを抜粋し、乗船中の3人の研究者に、抜粋した質問を直接ぶつけてみたので、その様子を三本立てでご紹介していきます。

「地震のほしをさぐる」で寄せられた質問やメッセージを「ちきゅう」内に飾っていただいていました。

1人目はJAMSTEC(国立研究開発法人海洋研究開発機構)の高知コア研究所に所属している奥田花也さん。

摩擦の研究について語る奥田さん(左)

岩石どうしの 「摩擦」 から地震の “すべり” を理解!

まずは、来館者のこんな質問から! 奥田さんが行っている研究について深堀りしてみました。

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「今は、どんなのしらべているのですか?」

奥田さん: 私は、岩石どうしがどのように “すべる” のかを調べるために、岩石間にはたらく 「摩擦」 について研究しています。物が “すべる” という現象は、 「摩擦」 と直接関係します。 「摩擦」 が大きくはたらくと物は “すべらない” 、逆に 「摩擦」 が小さいと物は “すべる” 。この研究を通じて、地震発生時に断層が 「どのようにすべる」 のかを理解したいと考えています。


「摩擦」 をイメージするのに滑り台とヨガマットを想像してみてください。すべり台は勢いよくすべるのに対して、ヨガマットを上はすべりにくいですね。

このスケッチは、同じタイミングでアウトリーチオフィサーとして乗船していたトルコ出身のNurさんに描いてもらいました。

―岩石どうしの摩擦を調べるということでしたが、岩石と断層にはどういった関係があるのですか?

奥田さん: 断層は2つの岩石が滑ることで生まれます。2011年に発生した東北地方太平洋沖地震を引き起こした断層も、大きな目でみれば、海側の太平洋プレートと、その上にのっている陸側のユーラシアプレートとよばれる大きな岩石の間ですべったことで生じました。しかも当時は予想していなかった、海溝に近い浅い部分が約50 メートルも大きくすべったのです。どうしてあのような “すべり” が起こったのか、 「摩擦」 を調べることで明らかにしたいと考えています。

東北地方太平洋沖地震における、海溝付近の浅部の滑りについて(8月31日に実施されたトークイベント「みんなで深堀り! 東北沖「ちきゅう」ミッション~あなたの声が原動力に」で使用した資料より抜粋)

トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」を詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に

https://www.miraikan.jst.go.jp/events/202408313591.html

また、岩石の種類によって「摩擦」 の大きさが変わります。今回のJTRACKで掘削する場所は2つあります。大陸側のプレートに海側のプレートが沈み込んだ後と沈み込む前の部分です。

プレート境界浅部(JTCT-01A) と沈み込む太平洋プレート上(JTCT-02A) で掘削を行います(8月31日に実施されたトークイベント「みんなで深堀り! 東北沖「ちきゅう」ミッション~あなたの声が原動力に」で使用した資料より抜粋)

海側のプレートが沈みこむ海溝では、1年間に8cmほどの速さで沈みこんでいるため、海洋プレートに乗っているいろいろな種類の岩石が沈みこみます。また、沈みこんだ後の岩石は沈みこむ前の岩石と比べて、堆積物による上からの力やプレート活動による横からの力が受けるため、地震を引き起こす断層周辺の岩石自体が変化します。そこで、東北地方太平洋沖地震のような巨大地震による“すべり”には、いったいどんな岩石が関わっているのか調べたいと思っています。


東北地方太平洋沖地震では、断層が大きくすべったために、津波による甚大な被害をもたらしました。奥田さんの研究によって、今後起こりうる津波を伴う巨大地震への理解が大きく進むことを期待しています!

さて、奥田さんは岩石どうしの 「摩擦」 について実験をしたいと語っていましたが、船上で 「摩擦」の実験はできるのでしょうか。

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「行っていらっしゃる研究は船の中で行っているのか、研究する別の場所があるのか知りたいです。」

奥田さん: 「摩擦」 を調べる実験は装置の関係上、船上で行うのは難しいため、陸上で行います。船上では、まず研究者の間で共有するデータをだすことが最優先で行われます。例えば、コアサンプル(掘削した岩石や堆積物の柱状の試料)に含まれている岩石はどんな種類の岩石なのか、この岩石の年代はいつなのか? この断層の角度はどのくらいなのか? などです。

未来館の5階の展示「“ちり”も積もれば世界をかえる」の入り口近くにあるコアサンプル(レプリカ)

これらのデータは今後、自分の研究でも必要になるので、とても重要です。そして 「ちきゅう」 から降りた後、コアサンプルを持ち帰って入念に調べることになります。

―コアサンプルを持ち帰るかどうかはどうやって決まるのですか?

奥田さん: 採取したコアサンプルは、2つに分けます。そのうちの半分を使って、陸上での実験に使用する部分を選定します。このコアサンプルの選定する作業は 「サンプリングパーティー」 と呼ばれています。

JTRACK期間中、最後に行われたサンプリングパーティーの様子

JTARCKの航海中、サンプリングパーティーはコアサンプルが採取されるたびに行われてきました。

このサンプリングパーティーでは、自分の持ち帰りたいサンプルの場所に旗を立てます。しかし、ときには他の研究者と被ることも……。

その場合は、話し合いで決めるそうです。私が乗船した際、JTRACK期間中に実施された最後のサンプリングパーティーが行われました。

奥田さんも旗を立てて、狙っていたサンプルを見事ゲットしたそうです!

ちなみにコアサンプルの残りの半分は、奥田さんが勤めている高知コア研究所で保存されます。実は、コアサンプルを保管する場所はアメリカ・ドイツ・日本の世界で3カ所しかありません。そのうちの1つが日本の高知コア研究所です。

 

コアサンプルの保管場所(Scientific Drilling. 7, 31-33, 2009より抜粋および一部改変)

~小休憩~

ここで私が感じた奥田さんの”推しポイント”を紹介したいと思います。

それは「笑顔」です。

下の写真をご覧ください。研究者たちは約2か月もの長期間、探査船「ちきゅう」に乗船し、日々実験や観測に全力で取り組んでいます。そんな彼らにも、こんなキュートな一面があるのです。ついでに「ちきゅう」で食べたご飯の中で一番好きな料理は 「担々麺」 だそうです。そこもまたいい。

さて、JTRACKでは、採取したコアサンプルの分析をしているとおっしゃっていた奥田さんにこんな質問をしてみました。

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「1ばんおもしろいコアはなんですか?」

奥田さん: いい質問ですね。想定していないコアがくると、おっ! となりますね。今回のJTRACKは、2012年行われた掘削プロジェクト 「JFAST」 (https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp343/index.html)および、今から約50年前に行われた岩手沖の掘削プロジェクト 「DSDPDeep Sea Drilling Projecthttp://deepseadrilling.org/about.htm」 にもとづいて、採取してきたコアサンプルの岩石の種類をある程度は想定しています。しかし、実際のところJTRACKで採取してきたコアサンプルの中には、予想もしていない岩石の種類が含まれていることがわかってきました。そのコアサンプルを見たときは本当に驚きましたよ。


このようにJTRACKでの研究を楽しそうに語ってくださる奥田さん、どんなきっかけでJTRACKに関わることになったのでしょうか? 印象深いエピソードとあわせて聞いてみました。

「地震のほしをさぐる」 の会場で寄せられた質問「みなさんが「ちきゅう」のクルーに(乗船することに)なったきっかけや印象深いエピソードはありますか?」

奥田さん: 実は学生時代の指導教員が、いまJTRACKで 「ちきゅう」 に乗船している山口飛鳥先生(東京大学大気海洋研究所海洋地球システム研究系海洋底科学部門准教授)でした。そのため、学生時代には、海洋掘削の関係者と会う機会が多かったのが最初のきっかけだと思います。その後JAMSTECに入所し、このような機会を得ることができました。

印象的なエピソードとしては、誰も見たことがないコアサンプルを最初に目にすることができることです。東北地方太平洋沖地震のようにプレートが沈み込む場所で発生する地震を考える際には、プレートが沈み込む前の物質がどのようなものなのかを理解する必要があります。しかし、このような場所は沿岸から遠く離れた海の深いところにあり、実態を知ることができません。JTRACKでは、海洋プレートが沈み込む前のコアサンプルも採取してきました。この未知のコアサンプルを直接知る最初の立場にいられたことは、非常に貴重で意義深い経験だと感じています。


まさか、師弟関係にある先生と、この 「ちきゅう」 の船の上で再び会えるというのは嬉しいものですね! また、誰も見たことがないコアサンプルを、リアルタイムで見ることができるのは 「ちきゅう」 ならではの経験だと思います。

師弟関係にある山口先生と楽しそうに談笑する奥田さん。笑顔が本当に素敵です!

奥田さんには、このブログを書くにあたり研究内容について何度もお話をうかがいましたが、そのたびに快く丁寧にご説明くださいました。奥田さん、本当に貴重なお話をありがとうございました。

次のブログでは京都大学大学院工学研究科で助教をされている神谷奈々さんをご紹介します。お楽しみに!

【参考】

JTRACK関連ブログvol.1 あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「みんなで深堀り! 東北沖『ちきゅう』ミッション~あなたの声が原動力に」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20241202post-536.html

・JTRACK関連ブログvol.2 あの日、一体何が起こったのか。~トークイベント「若き研究者たちの挑戦 ~JTRACKの次を見据えて」
https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250210-jtrack.html

・東北地方太平洋沖地震後の時空間変化を捉える(JTRACK)
https://www.jamstec.go.jp/chikyu/j/exp405/index.html

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