みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの澤田です。
突然ですが、最近「地層」を見たことはありますか?

地層は、砂や泥が長い時間をかけて積み重なってできた、シマシマの層です。普段は地面の下にありますが、山や川に行くと露出していることがあります。また都会でも、工事などで斜面が削られると姿を現すことがあります。地層には大昔の生き物の化石や、過去に起きたさまざまな現象のあとが残っています。それらは地球の歴史を考えるためのヒントになります。
さらに、今も新しい地層ができつつあり、研究者たちがそれを調べています。私たち人類が暮らすこの現代に積もる地層からは、どのような発見があるのでしょうか?
そんな「現代の地層」をめぐる研究の最前線をテーマとする科学コミュニケータートークが、「ほりだせ! 地球のいま・むかし 〜地底人どりまるくんの探検記」です。このトークプログラムは2023年10月から2024年12月まで、未来館の常設展示フロアで毎日行われていました。(※今は別のトークプログラムに更新されました)

今回のブログでは、このトークをふりかえるとともに、地球環境に対する人間の向き合い方を考えてみたいと思います。
まずは、どんなトークだったのかをご紹介しましょう!
地底人どりまるくんの探検記
地層から過去がわかる
私たちは、地上の世界に暮らしています。そのずっと下の世界に住むのが、地底人のどりまるくん。このトークプログラムの主人公です。彼は好奇心のおもむくまま、地中に埋もれた珍しいお宝を見つけるため、地底の自由な探検に出かけます。
どりまるくんが、上に向かって少し掘り進むと、こんなものに出会いました。

これはいったい何でしょう? どりまるくんは自慢のセンサーで見つけたもののデータを取り、地上の私たちにも送ってくれるようです。
そして送られてきたデータを使って、未来館にある3Dプリンターで出力したものがこちら!

謎のぐるぐるです。渦を巻いていますね。どりまるくんも興味津々のです。みなさんは、これがなんだと思いますか?
その正体は、アンモナイトという生き物の殻の化石。大昔、世界各地の海に暮らしていました。
ここで改めて、大地の下がどうなっているのかご紹介しましょう!
地面や海底の下には、砂や泥が長い時間をかけて下から上に降り積もってできた、地層があります。地層を調べると、先ほど見つかったアンモナイトの化石のように、古代の生き物の化石や、過去のできごとの痕跡が見つかることがあります。宇宙の隕石に豊富に含まれる金属が地球の地層から見つかれば、大昔の地球に隕石が落ちたことがわかります。ちなみに、アンモナイトは世界中の海で大繁栄しました。隕石の衝突も地球全体をまきこむようなできごとでした。それぞれの痕跡が世界各地の地層から見つかります。

アンモナイトは、地球の長い歴史のなかで中生代という時代にたくさん生きていました。そして隕石の衝突をきっかけに、ティラノサウルスなどの恐竜と一緒に滅んでいることも地層からわかっています。このように、大昔に栄えた生物や大規模なできごとと対応させて、地球の歴史をいくつもの時代に分け、名前をつけています。例えば、恐竜が反映したり、花を咲かせる被子植物が出現したりした「中生代」(約2億5190万年前から約6600万年前)や、哺乳類が繫栄したり、人類が現れた新生代(約6500万年前から現代)など。
では、私たちヒトが暮らしている現代は、下のグラフの中だとどの部分に当てはまるでしょうか?

ヒトが出現したのは新生代のごく最近のことです。このグラフでいえば、「いま」にとても近い部分。

ヒトはまだ、地球史のなかでとても短い歴史しかありません。どれくらい短いかというと、地球やアンモナイトと比べるとこんな感じ(下記図)。

およそ3億5000万年間生きたアンモナイトにくらべて、私たちの歴史は非常に短いですし、地球の歴史全体からしてみれば、ついさっき始まったばかりのできごとにすぎません。
ヒトが暮らす時代にできた地層から見つかるものとは?
再びどりまるくんの様子に目を向けてみると……
彼は自分でも気づかぬうちに、地上のすぐ近くまで来てしまったようですね。しかし、もち前の好奇心をいかして、私たちが暮らしている時代にできた地層を調べてくれるみたいです!

みなさんは新しい地層から、どんなものが出てくると思いますか?

どりまるくんが地層から見つけてくれたものが、こちら。とても細かいツブツブです。実は人間の科学者も地球のあちこちの地層から発見しています。この正体は、プラスチックが細かくなったもので、マイクロプラスチックとよばれています。
また、人間が実験のために原子爆弾や水素爆弾を爆発させた結果、自然にはあまりなかった種類の物質がたくさん放出されました。その痕跡も、世界のさまざまな場所の地層にわずかに残っていることがわかっています。

これらは1950年代以降のことで、そのころからヒトの活動が大規模になっているのです。
ここで思い出してください。地球でおきた大きな出来事をもとに、時代をわけて名前をつけることができる、という話を。ちなみに、いまの私たちが生きている時代は新生代の中の「完新世」です。しかし、人間の影響で地球の様子が変わり始めていることから、科学者の中には「完新世の次の時代が始まった」と考える人もいます。その新しい時代を「人新世(じんしんせい)」すなわち「ヒトの活動が地球にさまざまな影響を与えている時代」とよぼう、そんな意見があります。

このトークでは、参加者のみなさんに、人新世という言葉にどんな印象をもつか、簡単に聞きました。

その中には、こんな意見もありました。
- 動物を絶滅させて悪いこともしているから、「人」の字を入れるのはちょっと……
- 人間中心的だと感じた。
- 新しい時代が到来した!というポジティブなイメージを感じた。
トークの参加者の方々は、「人」という字が入ることに対して違和感を抱いたり、あるいは「新」という文字に前向きな印象をもったりしたようです。ほかには、地球環境と人間はどのような付き合い方が望ましいかを考えるきっかけにしてくれた人やまた、「人新世」の「人」をほかの漢字に置き換えられないか、と考え始めてくれた人もいました。
現代を本当に人新世と名付けるかどうか、専門家による議論が何年も続いていました。
トークを続けていた2024年3月のある日、「人新世」案が否決されたというニュースが飛び込んできました。専門家による議論がおこなわれていた国際地質科学連合(IUGS)の委員会で、「人新世」を地質時代としては認めないという結論が出されたのです。

もし認められていた場合、カナダのクロフォード湖にある堆積層から見られる化石燃料・農薬・肥料・プルトニウム(水素爆弾に由来する)の痕跡を根拠として、人新世が1950年代に開始し、完新世は終了するはずでした。しかし次のような意見もあり、地質年代としては否決されました。
- 人間の影響はそれよりもずっと前から始まっていたのではないか。
- 他の時代は数百万年という単位もあるのに、人新世は1950年代からだとするとあまりに短い。
- 地球に対するヒトの影響は変動するため、「いつからいつまで」とはいえないのではないか。
みなさんが共感するものもあるかもしれませんね。
さて、人新世という言葉は地質年代の名前としては認められないことが決まりましたが、人類の地球への影響がこれからどうなるか、引き続き考えていきたいですね。人新世には、「人間は地球とのつきあい方を見直すべきだ」というメッセージが含まれています。
実際、「ヒトが地球環境に影響を与えた痕跡」は世界各地の地層から発見されています。日本の大分県の別府湾の海底の地層記録には、マイクロプラスチックが1950年ごろから急激に検出されています。その他にも、化石燃料の燃焼を示す球状炭化粒子、絶縁油や塗料に使われたPCBや殺虫剤・農薬に使われたDDTといった残留性有機化合物など、ヒトの活動に由来する物質が見つかっています。
こうした事実があるため、専門家たちも地球に対するヒトの影響の大きさを認識しています。そこで、人新世を地球史における「イベント」のひとつとしてととらえる意見が出てきました。古生代カンブリア紀に生物の種類や数が爆発的に増えたといえる「カンブリア爆発」のような考え方の仲間にしてはどうか、という説です。
また、人新世という概念が地球科学・環境科学だけでなく、社会・政治・経済などの分野でも幅広く使われ続け、人間と環境の相互作用に関するかけがえのない用語になるだろうとも指摘されています。すなわち、人新世は地質年代としては非公式であるものの、地球環境に対する人為的影響について議論するときにはこれからも有益であるとされているのです。
人新世が否決されたからといって、地層中にみられる人間の痕跡が消えてしまうわけではありません。私たちはこの事実としっかり向き合い、未来の世代に対して悔いのないよう、地球環境とのかかわり方を選び、変えていくことが求められます。
「人新世、否決」の一報を耳にしてから1年あまりがたったいまも、人々は地層中に刻まれつつある人為起源の記録といかに向き合うか、模索を続けています。場合によっては議論が見直され、地質年代として人新世が正式に認められることもあるかもしれません。これからも、「地層に残る人間の活動の痕跡」や「地球環境に対する向き合い方」について関心をもっていただければと思います。
参考文献・URL
加三千宣(2023)「別府湾の海底堆積物に記録された人新世境界」Ocean Newsletter, Vol.546, https://www.spf.org/opri/newsletter/546_2.html#wrapper
加三千宣(2024)「人新世の科学的根拠とその否認」JGL, Vol. 20, No. 4, pp.1-3.
齋藤文紀(2022)「地質年代区分の国際基準(GSSP)と人新世」『学術の動向』Vol. 27, No. 11, pp. 78-81, https://doi.org/10.5363/tits.27.11_78
International Union of Geological Sciences, (2024) The Anthropocene: IUGS-ICS Statement, https://www.iugs.org/post/the-anthropocene-iugs-ics-statement
Michinobu Kuwae, et al.(2024), Toward defining the Anthropocene onset using a rapid increase in anthropogenic fingerprints in global geological archives, PNAS, 2024, Vol. 121, No.41, https://doi.org/10.1073/pnas.2313098121
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