このブログは、疲労と休息がテーマの特別企画「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」(2025年7月16日~9月15日)の様子をお届けするブログシリーズです。これまでのブログはこちら。
Vol.1 自分らしく休んで、疲れとさようなら https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250808post-566.html
Vol.2 都会の中の小さな森のやすらぎ ~デジタル森林浴~ https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250808post-565.html
Vol.3 未来館「イス」めぐり https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250812post-564.html
Vol.5 ハムッ! モフッ! かわいくて癒される子たち大集合! https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250828post-570.html
Vol.6 おしゃべりも進化する?VRで見つける未来の休み方 https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20250925vr-2.html
「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」では、「やすめる、たべる、つくる、ふれあう、はなれる、たのしむ、きりかえる」という7種類の休み方に沿って、展示をご紹介しました(7種類の休み方については詳しく知りたい方はこちらをご覧ください)。
今回は不思議とずっと眺めていられる、そんな癒しの体験をご紹介します。
ゆらゆらに癒される
ゆれる木の葉、空を流れる雲、小川やたき火……。
ゆらゆらと揺れるものを眺めていると、不思議と心が落ち着きます。
疲れたときにふと眺める私のお気に入りの「ゆらゆら」に、最近新しく仲間入りしたものがあります。
それが「クラゲ」です。
昨年たまたま訪れた山形県の加茂水族館。
そこで出会ったクラゲたちのゆらゆらと漂う姿はとても印象的でした。
以来、YouTubeで配信されているクラゲ水槽の生放送をときどきのぞいています。
先日も夜22時を過ぎているのに500人以上が視聴していて、クラゲのもつ人々を引き付ける力をあらためて実感しました。
画面越しでも十分癒されるクラゲですが、やはり立体的に眺めてこそ、その魅力は最大限引き出されます。
「身近な場所でクラゲを見たい。」
そんな願いをかなえてくれるのが、特別企画「ツカレからの脱出 ~疲れとやすみのサイエンス」で展示していた「ゲルクラゲ」です。
ゲルクラゲはどんなクラゲ?
ゲルクラゲは、その名のとおり「ゲル」でできた人工のクラゲです。
「ゲル」はあまり聞きなれないかもしれませんが、身近な例としてはゼリーがゲルにあたります。
ゲルクラゲは水槽の水流に乗ってゆらゆらと漂い、ときおり気泡に触れてぷるんと揺れます。
その姿は、本物のクラゲと見まちがえるほど自然です。
実は本物のクラゲもゼリーと似た構造をしています。
クラゲの体の約95%は水分で、残りは主にコラーゲンというたんぱく質でできています。
ちなみに製菓用のゼラチンは豚や牛の骨や皮から取れたコラーゲンから作られています。
クラゲの英語名 jellyfish(ジェリーフィッシュ) が示すように、クラゲは「生きたゼリー」と言ってもよいかもしれません。
ゲルクラゲを触るとぷるぷると弾力があり、私の感覚では「こんにゃくゼリー」に近い感触です。
ゼリーのような質感を再現しているからこそ、見ている人は自然に「クラゲだ」と感じるのかもしれません。
癒しを生む「ゆらめき」
ゲルクラゲを眺めていると、時間を忘れるほどの心地よさがあります。
水の流れに身を任せて漂い、ときおり気泡でぷるんと震える――その動きは、まるでまわりの環境と同調しているかのようです。
この「環境にゆだねられたリズム」こそが、ゲルクラゲの、ひいては「ゆらゆら」がもつ癒しの秘密なのかもしれません。
実際、会場でゲルクラゲを見た来場者からは「本物ですか?」「忙しさを忘れてずっと見てられます」「売っていないのですか? ほしいです」といった声が多く聞かれました。
どうやって作られているの?
ゲルクラゲは、ただのゼリー細工ではありません。
本物のクラゲに近づけるために、形や動きをどう再現するか、多くの工夫が凝らされています。
この研究を進めているのは、山形大学工学部でゲル材料を専門に研究している古川英光教授です。
古川先生は、やわらかい素材を精密に加工するための技術開発にも取り組んでおり、その一つが「バスタブ方式3Dゲルプリンター」です。
浴槽のような容器に液体を満たし、紫外線を当てて局所的に固める方式で、ゲルのようにやわらかい素材でも形を保ちながら造形できます。
これにより、クラゲ特有の薄く繊細なフォルムを実現することができました。
一方、地元企業と協力して製品化を進める過程では、量産に適した「型どり方式」が採用されました。2つの型を合わせ、その間に材料を流し込んで固める方法です。
また、試作段階では触手もついていましたが、「不気味に見える」という声から外され、最終的に傘の部分だけが残りました。
研究者が培ってきた基盤的な技術と、企業がもつ実用化の知恵。
その両方が合わさったからこそ、いま私たちが目にするゲルクラゲの「ゆらゆら」は誕生したのです。
科学的には未知。でも確かに癒される。
「クラゲを見るとストレスが減る」――そうした科学的研究は、まだ十分には進んでいません。
けれども、ゲルクラゲの前で足を止め、見入る来場者の表情を見ていると、その効果は確かに感じられます。
私自身、ゲルクラゲを眺めている間は疲れを忘れて、落ち着いたひとときを過ごすことができました
科学的な裏づけはこれからだとしても、「癒しの仲間」としてクラゲが人の心に寄り添っていることは間違いなさそうです。
もしかしたら将来、みなさんの身近な場所にもゲルクラゲがやってくる日がくるかもしれません。
《参考》
JST NEWS 2021年1月号 特集 やわらかロボットが示す有機材料の新たな可能性
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2020/202101/pdf/2021_01_p03-05.pdf
山形大学 ソフト&ウェットマター工学研究室(SWEL)
https://swel.jp/