【前編】「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」開催報告!

このエントリーをはてなブックマークに追加

2019年は、人類が月面に降り立ってから50年!ということで、9月15日にトークセッション「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」を実施しました。約200名が参加しました。『宇宙兄弟』は2007年から連載がスタートした人気漫画で、有人月面探査が実現している近未来が描かれています。トークセッションでは、作中のさまざまなシーンを題材にしながら、月の環境や歴史の研究に携わる研究者と、小型で軽量な無人ローバーと着陸機のランダーを開発している企業の代表者にお話いただきました。そして会場の皆さんと月探査の現状と未来、そして「人はなぜ、宇宙をめざすのか」について語り合いました。
このブログでは、その様子を企画・ファシリテーションを務めた科学コミュニケーターの中島が2回に分けてお届けします!

前編は、登壇者が語った「月探査のリアルと未来」をご紹介します。

20200411nakajima_01.jpg

漫画『宇宙兄弟』より(©小山宙哉/講談社)


理学研究者が語る月の姿

はじめに、東京大学理学系研究科 准教授の諸田智克さんに、理学的な側面から『宇宙兄弟』を徹底調査していただきました! 諸田さんは、探査機のさまざまなデータから、月や惑星、さらには太陽系がどのようにできたのかという天体進化の研究をされています。

20200411nakajima_02.jpg

諸田智克さん(東京大学理学系研究科 准教授)


月に谷ってある?

中島 宇宙飛行士が月面で活動中に、有人月面ローバーに乗りながら峡谷に落下するというシーンがありました。峡谷の底は漆黒の闇。とてもヒヤッとした場面でしたが、そもそもこういった谷は月にはあるのでしょうか?

20200411nakajima_03.jpg

月面作業中に峡谷へ落下(©小山宙哉/講談社)

20200411nakajima_04.jpg

(©小山宙哉/講談社)


諸田さん 月の表面のほとんどはクレーターで覆われていますが、漫画にも出てきたような谷地形も部分的にあります。下の画像のヘビのように細長くうねっている線が、谷です。これは、月の内部にあった溶けたマグマが地下から表面に噴出して流れていく時に、表面を削りながらできたと考えられています。地球では水が流れたところにこのような谷ができがちですが、月には流れるほどの水は存在していないと考えられています。ですので、おそらくマグマが流れた跡だろうと考えています。

20200411nakajima_05.png

ヘビのような線が月面にある谷(ハドレー谷)
(©JAXA/SELENE)


中島 漫画では谷に落ちた後、地上や月面の仲間との連絡が取れないという危機的状況に追い込まれていました。実際に谷に落ちると危険なのでしょうか?

諸田さん 実は『宇宙兄弟』のような状況にはなりません。月にある谷の斜面は、だいたい30~40度くらいの傾きで緩やかです。ですので、万が一落ちたとしても、漫画で表されているような絶壁に落ちるという状況とは違うと思います。月の表面はレゴリスと呼ばれる細かい砂で表面を覆われており、安定して存在できる斜面の角度(安息角)が決まっています。それがだいたい30~40度くらいなので、鋭利な角度だったとしても崩れてしまうのです。


月の地下に横穴はある?

中島 月の内部に横穴を発見するというシーンがありましたが、横穴って本当にあるのでしょうか?

20200411nakajima_06.jpg

偶然に発見した横穴(©小山宙哉/講談社)

20200411nakajima_07.jpg

溶岩が流れてできた?(©小山宙哉/講談社)


諸田さん 残念ながら今のところは見つかってはいません。しかし、月周回衛星「かぐや」によって縦穴は発見されました。下の画像は、その縦穴のようすです。左の画像は、穴を横側から見たものですが、穴の壁面に何か空洞があるように見えませんか? 実は研究者たちは、この穴の地下には漫画にあるような、広大な横穴が広がっているのではないかと、考えています。

20200411nakajima_08.jpg

縦穴のようす
(Robinson et al., 2012)


中島 横穴は、どんな風にしてできると考えられているのでしょうか?

諸田さん 地下から溶岩が噴出して月面上を流れていくと、溶岩上部の表面は宇宙空間に接しているので早く固まります。しかし、溶岩内部は固まりにくいので、サラーッと流れていくためトンネルの構造が作られるのです。このような、溶岩が通ることによって横穴ができた地形は地球でもたくさん見つかっていて、富士山の風穴(ふうけつ)もその1つです。今後の月探査では、横穴が見つかる可能性が期待されています。

20200411nakajima_09.png

溶岩流による横穴のでき方


月に水はある?

中島 月に水があるかもしれない、という場面もありましたね。実際のところ、どうなんでしょうか?

20200411nakajima_10.png

落ちるレゴリスの中にキラキラと光るものが...(©小山宙哉/講談社)


諸田さん あると思います。月の極域に水が濃集しているのではないかという探査機のデータも報告されています。極域のクレーターの中は、太陽の光が永久に当たらない場所もあり、低温が保持されています。ですので、そういったところに水が存在しているのではないかと言われています。しかし、どのような状態で存在しているかまではわかっていません。ただ、観測データより、おそらく氷として存在しているのではないか、という期待があります。これからの探査でより詳しくわかっていくでしょう。


この他にも、月面望遠鏡についてや、月周回衛星「かぐや」がとらえたデータによってわかった新たな科学のお話をしてくださいました。


開発者が語る月を利用する未来

次に、将来的な月面の開発を見据えて活動をしている企業の代表 袴田武史さん(株式会社ispace 代表取締役)にお話を伺いました。ispace社のHAKUTO-Rというプログラムでは、独自開発している着陸船(ランダー)と無人ローバーを用いた月面探査を計画しています。さらに、2040年代には人間が月や宇宙を生活圏としているMOON VALLEY構想を提唱しています。

20200411nakajima_11_1.jpg

袴田武史さん(株式会社ispace 代表取締役)


無人ローバーと有人ローバーの違いって?

中島 漫画では、月面移動の乗り物として有人ローバー(作中での名前はバギー)が登場していました。ispace社が開発しているローバーとはどういう点が異なるのでしょうか?

20200411nakajima_12.jpg

(©小山宙哉/講談社)


袴田さん 一番の違いは、人間が乗るか乗らないかです。我々が作っているものは人が乗らないタイプです。地球からの遠隔操作で操縦をします。将来的には、今流行りの自動運転技術を取り入れて、自律的な操縦を目指していきたいと思っています。

20200411nakajima_13.png

月面探査無人ローバー
(画像提供:袴田武史さん)

20200411nakajima_14.png

他国の無人探査機との比較。図のispace社のローバーはHAKUTO-Rの前身のプログラム「HAKUTO」で制作したもの。
(画像提供:袴田武史さん。許可を得て一部改変)


中島 無人ローバーの特徴を教えてください。

袴田さん 大きな特徴は小型で軽量であるという点です。月面に荷物を運ぶとなると、運ぶ重量によってロケットの打ち上げ費用が大きく変わってきます。軽くて小さな物を運んだ方が安く抑えることができます。そのため我々は、世界最軽量の月面探査ローバーの開発を進めています。上図にある以前制作したHAKUTOのローバーにさまざまな機能を搭載し改良を加え、最終的には約6kgを目標にしています。例えば、中国が2019年1月に月面着陸をした無人ローバーは100kg超。アメリカのNASAが打ち上げた火星探査機キュリオシティは約900kgで、小型乗用車くらいあります。このNASAのプロジェクトには1兆円くらいかかっていて、民間企業はそんなお金は出せません。そこで、費用を抑えるべく、小型軽量であることが重要になります。
HAKUTO-Rは、今まで宇宙開発に関わってこなかったさまざまな企業と協力して進めています。このプログラムを通して、新しい技術開発や新たな取り組みをするだけでなく、それぞれの企業が持っている強みを生かしていただこうと考えています。

中島 HAKUTO-Rでは、何を行うのでしょうか?

袴田さん 月面の映像データを取得するのが大きな目的です。ローバーの4方向にカメラが搭載されており、360度の映像を撮ることができます。月面のマッピングデータを作るだけでなく、遠隔操縦する際にもカメラを使用します。科学研究にもご活用いただきたいと思っているので、諸田さんにもぜひお使いいただきたいです!


ランダーが月面着陸するのって難しい?

中島 『宇宙兄弟』、そしてアポロ計画でも月面に着陸する時には、着陸船であるランダーを使っていました。開発しているランダーについて教えてください。

20200411nakajima_15.jpg

宇宙飛行士はランダー上部のスペースで着陸を操作(©小山宙哉/講談社)


袴田さん 下の図が開発している着陸船です。これについても可能な限り、小型軽量を目指しています。高さが約3m、胴体部分の横幅が1.5mくらいです。アポロ計画の着陸船は人間を運んでいるので、かなり大型です。我々のものは、30kgくらいの荷物を運べるような設計を目指しています。

20200411nakajima_16.png

ランダー
(画像提供:袴田武史さん)

20200411nakajima_17.png

アポロ計画で使用していた着陸船(左)との比較
(画像提供:袴田武史さん。許可を得て当日のスライドを一部改変)


袴田さん 漫画に登場した着陸船の足とよく似ていますが、実はその足が非常に重要です。月面に着陸する時は、月面すれすれでエンジンを切って、あとは自由落下をさせます。その際、ショックを吸収するための構造が足の部分に仕組まれていて、運んでいる機器を傷つけないような役目を担っています。

中島 漫画では着陸時にバランスを崩す場面もありましたが、着陸は難しいのでしょうか?

袴田さん そうですね。斜面ですと、バランスを崩してしまいます。我々も、そういった状況を想定して解析をかなりやっています。月面では重力が1/6になるので、重心の位置によっては倒れやすくなるため注意が必要です。月面の地形はクレーターばかりででこぼこです。むしろ、平らな部分を見つける方が難しい。だからこそ、斜面に降りた時にもちゃんと着陸できるような設計をするのが重要なのです。


月資源の利用とその未来は?

中島 月の資源を利用するというシーンがありました。たとえば、飛び交う放射線や小隕石から身を守るために、レゴリスを月面基地に覆いかぶせるというもの。このような月の資源を利用する未来について、お話をお聞かせください。

20200411nakajima_18.jpg

(©小山宙哉/講談社)


袴田さん 地球から全ての資源を持っていくと、莫大な打ち上げ費用がかかるので、月資源の活用は重要だと思っています。そこで我々は資源として、月の水に注目しています。水は飲み水としても重要ですが、水素と酸素に分けられ、ロケットエンジンの燃料として使うことができます。そして将来、宇宙に補給基地を作ることができれば、宇宙の輸送体系を大きく変えることができます。それによって、より効率的に火星に行ったり、地球周回の人工衛星をより安くメンテナンスできたりする世界になっていくのではないかと考えています。


加えて袴田さんは、人間が宇宙で生活する未来に向けて、宇宙開発に関わってこなかった企業と組み、新たな産業を作っていくことが大事であり、国や既存の宇宙産業に関する企業との協力が重要であるとお話しくださいました。


次の【後編】の記事では、会場の皆さんと共に語り合った「人はなぜ、宇宙をめざすのか」についてお届けします。
https://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20200428post-913.html

【関連動画】
・トークセッション「月探査のリアルと未来~漫画『宇宙兄弟』を徹底調査!」
https://youtu.be/56KSf-wrtnI

・2分でわかる宇宙兄弟
https://youtu.be/g6j4k2-8tN8

・ispace社が目指す2040年MOON VALLEY構想
https://www.youtube.com/watch?v=wwBZwxdMrDs