科学コミュニケーターと楽しむノーベル賞2020

【詳報】生理学医学賞・C型肝炎が"治療できる病気"になるまでの道

こんにちは、科学コミュニケーターの小林です。

2020年のノーベル生理学医学賞は『C型肝炎ウイルスを発見』した3名の研究者が受賞しました!

C型肝炎ってどんな病気?

C型肝炎ウイルスはC型肝炎を引き起こす原因ウイルスで、主に輸血などの血液を介して感染します。感染すると、数十年の長い時間をかけて肝硬変や肝細胞がんなどの重大な病気を引き起こすことがあります。

自覚せずにウイルスを保有している人を含めると、世界人口72億人のうち1億7千万人(2014年当時)の人がC型肝炎ウイルスに感染していると推計されています。日本国内に目を向けると、C型肝炎ウイルスによる肝臓疾患の治療を受けている人は47万人(2015年当時)。この数値を見ると、国内でも多くの人に関係のある感染症であることがわかります。

ただ、いまでは新規感染者の数も減り、治療薬もあるおかげで感染者数は減少傾向にあり、撲滅することができるかもしれない病気ともいわれています。

 

でも、この病気の正体が謎に包まれていた時代もあったのです。

人類はいったいどのようにして治療法を手に入れたのでしょう?

 

C型肝炎という病気の歴史を辿っていくと、人類がこの病気の存在に気づいてから治療法を手に入れるまでの過程が、ぎゅっと凝縮されていることに気づきます。そんな歴史の中で、病気の原因となるウイルスの正体をあばき、治療法開発の道への扉を開いてくれたのが今年の受賞者の先生たちでした。

 

それでは時間をさかのぼり、「謎の肝炎」の存在を見つけたハーベイ・オルタ―博士にまずは注目してみましょう。

「謎の肝炎」の存在に気づいたハーベイ・オルタ―博士

Harvey J. Alter(ハーベイ・オルタ―)博士(アメリカ)
アメリカ国立衛生研究所(NIH)

1950年代から60年代にかけて、困った事件が起きていました。輸血の後に肝炎を発症する人が出たのです。

当時、肝炎の原因としてすでに知られていた犯人がいて、名前を「B型肝炎ウイルス」といいます。B型肝炎ウイルスは血液に潜んでいて、輸血で感染することが知られていました。

しかし、オルタ―博士が調べてみたところ、肝炎にかかった患者さんのうちB型肝炎ウイルスが原因だったのはたったの20%でした。残りの80%の人たちがなぜ肝炎になってしまったのか、原因がわかりませんでした。

B型がいるならA型もいるのかな?と思いますよね。大正解です。実は「A型肝炎ウイルス」というのも当時から知られていました。でもA型肝炎ウイルスは食物にくっついて体内に侵入するため、基本的に血液からは入ってきません。

オルタ―博士は「A型・B型のどちらでもない肝炎(非A非B型肝炎)」という、“謎の肝炎”があることを見つけたのです。

 

オルタ―博士は、この謎の肝炎を引き起こしている病原体を調べることにしました。

1978 年、感染した人の血液をチンパンジーに注射して、チンパンジーもこの謎の肝炎に感染すること見つけました。チンパンジーを使って、病原体の特定に必要となる、より詳しい観察をできるようにしたのです。

その結果、謎の肝炎を引き起こす犯人の正体がウイルスであることを明らかにしました。また、そのウイルスが肝臓の重大な病気(肝硬変など)の原因になっていることも証明しました。

 

しかしこの後、ウイルスの正体を捉えることができないまま十数年の年月が経ってしまいます。「非A非B型肝炎」という”事件”が起きていて、”犯人”はウイルスだ、ということまでわかっているのに、当時の技術ではウイルスを検出することができなかったのです。

医療現場のさまざまな場所で使われる輸血。この血液の中にウイルスが混入しているかどうか調べることもできない。これは怖いですよね……。

 

でも、この十数年の間、遺伝子を解析する技術が急速に発展していました。

この後、新しい技術を使って「ウイルスの痕跡」を見つけることに成功したのがマイケル・ホートン博士です。

C型肝炎ウイルスの痕跡を捉えたマイケル・ホートン博士

Michael Houghton(マイケル・ホートン)博士(イギリス)
アルバータ大学

ホートン博士たちのグループが向き合っていた課題は、この謎のウイルスに感染した人から「抗体」が見つからない、ということでした。通常、病原体は種類ごとに異なるタンパク質を持っています。感染した人の体はこの特有のカタチを覚え、病原体にくっついて退治することのできる抗体を作るはずなのです。血液中の抗体を見つける手段があれば、感染の有無を判別することができるのですが……。

 

ホートン博士らは、ウイルス特有の痕跡を見つけるために感染したチンパンジーの血液からDNARNAの断片を片っ端から拾ってきました。この中にはチンパンジーとウイルスの遺伝情報がごちゃ混ぜになっています。この中からどうやってウイルス特有の塩基配列を見つけたらよいのでしょう?

ホートン博士らは、微生物にDNARNAの断片を入れて、断片に書かれた情報からタンパク質を作らせました。この中にはウイルスのタンパク質も混ざっているはずです。そして、ここに患者さんの血液をかけてみました。見つからないとはいえ、きっと感染者の血液中には微量の抗体があるはずだ、そしてその抗体は未知のウイルスのタンパク質にくっつくはずだと考えたのです。

その結果、反応するものがありました。A型肝炎ウイルスにもB型肝炎ウイルスにもない、新しく見つけた謎のウイルスだけが持つタンパク質を見つけたのです。正体不明だった犯人の”似顔絵”を手に入れた、といったところでしょうか。このタンパク質の発見がきっかけとなって、ウイルスの塩基配列を特定することができるようになり、このウイルスには「C型肝炎ウイルス」と名前がつけられました。

 

ホートン博士らはその後、C型肝炎ウイルスの抗体を検出する方法を開発し、実際に感染者の血液中にも抗体が存在することを証明しました。

こうして、輸血用に提供された血液にこの抗体があれば、その提供者はC型肝炎ウイルスに感染していたと判別できるようになりました。そこにはウイルスも含まれている危険性がありますが、そうとわかれば輸血にはつかわないようにすることで、輸血によるC型肝炎ウイルスの感染を回避できるようになったのです。1989年のことでした。

 

しかし、ここでひとつの疑問が残ります。C型肝炎ウイルス“だけ”がこの肝炎の原因なのでしょうか?それとも”共犯者”のような存在が必要なのでしょうか?

この謎を解いたのがチャールズ・ライス博士です。

C型肝炎ウイルスがC型肝炎の原因だと証明したチャールズ・ライス博士

Charles M. Rice(チャールズ・ライス)博士(アメリカ)
ロックフェラー大学

これまでの実験でチンパンジーの感染に使用したのは感染者の血液です。血液中にはウイルス以外にも様々なものが混ざっているため、ひょっとするとウイルス以外にも肝炎を引き起こす要因があるかもしれません。

C型肝炎の特徴は「肝臓でウイルスが増え、肝炎の症状が出ること」そして「血液中にウイルスが出てくること」です。もしC型肝炎ウイルス”だけ”を注射した個体に、この2つの症状が現れれば「C型肝炎ウイルスがC型肝炎の原因」といえるでしょう。

 

そこで、ライス博士はC型肝炎ウイルスを合成してチンパンジーに注射してみたのですが、「肝臓でウイルスは増殖した」ものの、「血液中にウイルスが出てこなかった」のです。調べてみると、注射したウイルスには様々な変異が起こっていました。ここでライス博士は、ウイルスの遺伝情報となっている塩基配列のうちはじっこの配列に注目します。この部分は、ウイルスが複製するときに重要となることが知られおり、この部分の変異が増殖を邪魔していると考えたのです。

ライス博士はウイルスのはじっこの塩基配列を少しいじった複数の変異体を作り、再度チンパンジーの肝臓に注射してみました。するとチンパンジーの肝臓には炎症が起こり、血液中にウイルスが出てくるというC型肝炎の症状を示しました。こうしてC型肝炎はC型肝炎ウイルスによって引き起こされることが確認できたのです。

 

ノーベル賞を受賞した3名の博士たちの研究によって、C型肝炎という謎の肝炎を引き起こす犯人の正体「C型肝炎ウイルス」が明らかになりました。

敵の正体を知れば、闘う手段を考えることができます。

C型肝炎ウイルスの正体を正しく理解したことは、この感染症と闘う上でとても大きな一歩だったのです。

治療への道

C型肝炎が「治療できる病気」になるまでには、もう少しストーリーがあります。

ここからはノーベル賞受賞研究の“その後”のお話です。

 

1990年代、すでにインターフェロンやリバビリンなどの抗ウイルス薬が使われていましたが、強い副作用がある、通院する必要がある、人によって効果に差があるなど、治療に伴う苦労は大きなものでした。

 

当時、治療薬を開発する上でふたつの困難がありました。

ひとつ目は、実験室内(培養細胞)でウイルスがなかなか増えてくれなかったこと。十分なウイルスが得られなければ、ウイルスのライフサイクルや抗ウイルス薬の研究をなかなか進めることができません。

ふたつ目は、活用しやすい動物実験モデルがなかったこと。ヒト以外で唯一感染が確認されていたチンパンジーを使うには、倫理面、金銭面で大きなハードルがありました。加えて、大きな動物を使うと結果を得るまでに時間がかかってしまうことがあります。(たとえばライス博士が行ったチンパンジーの感染実験では、ウイルス接種から結果が出るまでに3カ月かかっていました。)

 

これらの困難は、世界中の研究者たちの努力によって徐々に解消されていきました。

まずウイルス培養の問題は、ドイツの研究グループや、日本の脇田隆字博士(国立感染症研究所)らの研究の結果、効率よく培養細胞で増えるC型肝炎ウイルスを作り出したことで道が開けました。さらに、動物実験モデルの問題は、免疫細胞を欠損させたマウスにヒト肝細胞を移植できるようになり、マウスを使った感染実験が行えるようになりました。

実験をするための材料が揃ったことで治療薬の研究が進められ、副作用が少なく、より効果のある抗ウイルス薬が開発されていきました。

 

現在、C型肝炎は軽症ならば入院せずに治療することができるようになっています。謎の肝炎を引き起こす病原体を探していた時代から、治療できるようになるまで約60年。病原体に「C型肝炎ウイルス」という名前がつけられてから数えるならば、たった30年の出来事です。

2016年、世界保健機関(WHO)は2030年までにC型肝炎を含むウイルス性肝炎の新規感染者を90%、死者数を65%それぞれ減らすという目標を掲げました。C型肝炎との闘いに終止符を打つべく世界中の研究者たちが努力を積み重ねてきたおかげで、戦況は確実に良くなっており、WHOの目標も夢物語ではなくなっています。

そしてその土台には、『C型肝炎ウイルスを発見』という3名の博士たちが成し遂げた成果がありました。

 

オルタ―博士、ホートン博士、ライス博士、2020年ノーベル生理学医学賞の受賞、誠におめでとうございます!

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