ふとした疑問を研究者たちとさぐっていく番組シリーズ「研究者に素朴な疑問をぶつけてみた!」。3月に行った第2回の放送テーマは“こころ”です。“こころ”って、どこにあるのでしょうか? 作れるのでしょうか? そんなモヤモヤを研究者にぶつけてみました。
さて、放送前に未来館のツイッターでは皆さんにこんなアンケートをとりました。「“こころ”は、作ることができると思いますか?」。まずは、そのアンケート結果をご覧ください。
およそ半分の方が「はい」と答えた一方で、「いいえ」「わからない」と回答された方も多くいたようです。うーん……質問した本人が言うのも変ですが、考えてみると結構難しいですね。ワクワクしたり、ドキドキしたり、ウキウキしたり、そんな“こころ”が存在するのは確かなのですが、どんな姿をしているのか、どこにあるのか、よくわかりません。“こころ”を作る方法がどこかにある気もするし、やっぱり作れないのかもしれません。そうやって考えていくと、また“こころ”がモヤモヤしてきますね。うーん、うーん。
今回、こんなモヤモヤする疑問をぶつけてみるのは、この3人。人間のことばを理解するような、私たちと自然に関われるロボットを開発している港隆史さん。生命活動に欠かせないたんぱく質のすがたを調べ、将来は製薬にも挑戦したいと語る竹田弘法さん。そして、新しい分子をつくり、今までの常識にはない物質を編み出している板橋勇輝さんです。
今回の3人は、全員「新しいものをつくりたい」という点で共通しています。モノづくりに興味がある研究者に、“こころ”はどのように映っているのでしょうか。つくれそうだと思っているのでしょうか。じっくり聞いていきましょう。
犬にも“こころ”はあると思う? じゃあ、魚には? 地球には?
とはいえ、いきなり難しい質問をぶつけても答えづらいので、まずはウォーミングアップとして答えやすそうな質問を投げてみました。皆さん、犬に“こころ”はあると思いますか?
3人とも「○(マル)」のジェスチャーをしてくれました。ということは、犬に“こころ”はあると思っているようですね。なぜそう思ったのか、ちょっと聞いてみましょう。
竹田さん
僕は中学生から犬を飼っていたんですけどね。飼い始めたころは、容赦なく噛んできたんです。子犬だったんですが、もう血が出るぐらい痛くて。でも3か月ぐらい経ったら、僕を噛む力が弱くなった。たぶん、強く噛んだら僕が痛がると思って、力加減してくれたんじゃないかな。このように飼い主に優しくなれるのは、犬に心があるからだと思うんです。
板橋さん
僕も犬を飼っていたことがあります。犬はいろんな反応をしますよね。たとえば喜んだり、叱られてしょげたり。そういうのを見ると、やっぱり犬にも心があるんじゃないかなと思います。
なるほど。実際に犬と触れ合ってみると、時間とともに“こころ”が通じ合っていくように感じるのかもしれません。では、もっとヒトから離れた生きものはどうなんでしょう。魚に“こころ”はあると思いますか?
おおっと、意見が分かれました。港さんは「○」で、竹田さんと板橋さんは「×(バツ)」。さっそく聞いてみましょう。
港さん
魚を飼ったことがあるんですけど、魚もいろんな反応を見せるんですよ。だから、魚も何か判断をして動いているように見えるんです。そういう意味では、犬と同じように心があるんじゃないかな。
竹田さん
僕も魚を飼っています。確かに、僕に近寄ってくる魚はいるんですけど、うーん……でもそれは心ではないと思います。犬が噛む力を弱めたのは優しさに根付いた行動かもしれませんが、魚は僕のことを単なる「エサをくれる人」と思って近づいてきているのかもしれない。そうじゃないなら心があるってことだと思うんですが、それはわからないです。
板橋さん
ちょっと悩みました。生きもので、どこから心があってどこから心がないかの線引きはかなり難しいですね。虫とか魚って、単なる反応で動いているのか、それとも心が動いた結果が行動に表れているのか、わからないですよね。ロボットだって僕たちの動きに反応するわけですが、そういうのと違いがないようにも思えます。
魚を飼っていた港さんと竹田さんの間でも意見が分かれるのは面白いですね。そして板橋さんの「心がある生きものと心がない生きものはどう違うのか」も、なかなか難しい問いです。それなら、今度は生きもの以外に目を向けてみましょう。地球に“こころ”はあると思いますか?
竹田さんと板橋さんは、当然ないでしょうという感じで「×」。一方、港さんは少し迷いながらも「○」と答えました。
竹田さん
心っていうのは、基本的には生物が持っているっていうイメージなんです。生物を専門にやっている僕からすると、地球は“物質”です。マグマがあって、分厚い岩の板があって、海があって……。石や岩に心があると思いますか? ちょっと違うと思います。
板橋さん
僕も、地球は“物質”なので心はないと思います。もし地球に心があるなら、僕が扱っている「分子」にも心があっていいはずだけど、そうは感じない。分子は心で動いているのではなく、ただ反応で変わっているだけだから。それに、犬だったら心の動きが見えるけど、地球の“こころ”の動きなんて見えないですよね。
竹田さんも板橋さんも、地球は生きものじゃないから心があるわけないじゃないか、という意見でした。確かに、石の塊に心があるかと言われたら……。地球に心はないという意見にも納得できますね。それでは、港さんはどう考えているのでしょうか。
港さん
心は生物にしかないかどうかは、いったん置いておきましょう。私は、自分に心があるかどうかを自分で判断することはできないと思っています。でもなぜか、他人に「心がある」と感じることはできる。対象に心があると感じるか感じないかを、主観的に判断することはできるんです。じゃあ、これまでの質問を「犬に“こころ”があると感じることはできますか?」「魚に“こころ”があると感じることはできますか?」「地球に“こころ”があると感じることはできますか?」と言い換えてみたら、どうなるでしょうか。たとえば雷が鳴ったときに「地球が怒っている」と思うことができる。地球に心を感じることができるんです。それなら、地球に“こころ”があると思いますか、という質問にイエスと答えてもいいのかなと思うんです。
ちょっと難しい話になってきましたね。地球に“こころ”があるかどうかはわからないけど、少なくとも「地球に“こころ”を感じられる自分」はいる。ということは、地球に“こころ”があると言ってもいいのかもしれません。そんな話をしていると、視聴者からまた別の視点での意見が届きました。
視聴者
「地球は人間よりも複雑なのだから、心があってもいいのかなと思います」
たしかに! 人間に心があるのだから、より構造が複雑な地球に心があってもおかしくないですね。もしかしたら、地球にも“こころ”があるのに、それを人間が理解していないだけなのかもしれません。さっき「心は生物にしかない」と言っていた竹田さん、どう思いますか?
竹田さん
そう言われると……。ああ、そういえば映画か何かで、鉄の細胞でできていて心をもつ生物を見たことがあります。まあ現実にそんな生物がいるかは分からないですが……、地球は岩でできているから心を持ってない、とは言えない気がしてきました。もしかしたら、地球にも30%ぐらい心があるんじゃないかなと思えてきました。
竹田さんの心が、また揺れてきました。みなさんの心はどうですか?
“こころ”の正体は……、“こころ”!?
いぬに“こころ”はあるけど、さかなに“こころ”があるかはわからない。と思いきや、生物ですらない地球に“こころ”を感じてしまうこともある。では結局、“こころ”って何なのでしょうか。“こころ”は、なにでできているのでしょうか。
港さん
私は、何かの対象を見ているときに心を感じることがある、と思っています。だから「“こころ”って、なにでできているの?」という質問にむりやり答えるとしたら、「それを見ている相手の“こころ”」ですかね。“こころ”を説明するために“こころ”って言葉を使っているからズルいかもしれませんけど。
竹田さん
ふと思ったんですけど、僕の飼っていた子犬が手を噛んできたのは、噛むという行動がプログラムされていたからなのかもしれない。そこから経験が蓄積されて、考えるようになって、心ができてきたのかなと思えてきました。ということは、“こころ”は“思考”なのかもしれない。さっき、地球にも心があるかもって3割ぐらい思っちゃいましたけど、地球は思考することができないから、やっぱり違う気がしてきました。
板橋さん
僕も“こころ”は“思考”なのかなと思っていて。生きものの中でもどこから心を持つのかなって考えていたのですが、思考できる生きものに“こころ”がある気がします。魚がどれだけ考えているかどうかを僕たちは観測できないので、魚に心があるかどうかわからないんですが。
ロボットが専門の港さんからは「それを見る人の感じ方」、生物が専門の竹田さんからは「プログラム」「思考」と、その分野の研究者ならではのキーワードが出てきました。化学が専門の板橋さんも、後日「魚が考えているかどうかを観測できないと言ったけど、もしかしたら脳内の化学物質を測れば、その“こころ”の動きが見えるかもしれない」「たとえばロボットにも化学センサーをつけて、薬や化学物質によって反応してくれるようにすれば、ロボットにも心があるように見えるかもしれませんね」と語ってくれました。“こころ”を化学で分析するとは、またずいぶんユニークな考え方ですね。さて、では最後にあの疑問をぶつけてみましょう。
“こころ”は、作れると思いますか? この記事の最初に書いた、あの質問です。3人とも「うーむ」という表情をしていますが、どう答えてくれたのでしょうか。ここまでご覧になった皆さんは、改めてどう思いますか? 研究者たちの回答はこうなりました。
なんと、全員一致で「○」! 少し話を聞いてみましょう。
竹田さん
親が子どもを育てるのに似ているのかなと思います。たとえば小さい子って、幼稚園で誰かにちょっかいを出して怒られたりしますよね。そういうのを繰り返していって、日々心が育まれていくんだと思います。最初の赤ちゃんのときは心がないと思いますけど、ちょっとずつ大きくなっていく。だから心は作れると思います。
板橋さん
経験や学習ができるのであれば、心をつくれるのかなと思います。私たちの頭の中では、化学物質が変化したり反応したりして「考える」という行動を取っています。それと同じようなことを機械ができるのであれば、機械やコンピュータの中にも心を作れるんじゃないかなと思いました。
港さん
実はイベントの前までは、心はつくれないと思っていました。でも話をしていくうちに「ものに心を感じる心」を育むことはできるんじゃないかな、と感じるようになってきました。そういった意味で「○」です。私自身、木や魚、地球にすら心を感じられるようになってきたので、そういう心を育むことはできるのかなと思いました。
なるほど。“こころ”の正体を「感じ方」「プログラム」「化学物質」など、いろんな視点で捉えていた皆さんでしたが、育むことができるという点では全員同じ意見だったようです。私も、このイベントでいろんな意見に触れて、ちょっと心が育まれた気がします。
本イベントの内容はYouTubeでも公開しています。研究者の率直な感想など、ブログに書ききれなかった話も出てきますので、よければラジオ感覚で聴いてみてください。
第3弾、近日公開!
次回の「研究者に素朴な疑問をぶつけてみた!」は、「“大人”と“子供”はわけられるの?」をテーマに、8月4日(水)に放送します。今回出演した港さんのほかに、さまざまなアプローチで人について研究している専門家が出演します。こちらもぜひお楽しみにしてください!
「研究者に素朴な疑問をぶつけてみた!」第1回「“べんり”ってどういうこと?」はこちらのブログでレポートしています。