この植物はどうしてこんな形をしているのだろう?
そんな疑問に向き合った研究者である龍谷大学 Ryukoku Extension Center 顧問の岡田清孝さんをお招きして、2022年9月3日にトークイベントを開催しました。
岡田さんは長年、人工的に突然変異を起こした植物を調べて、植物の形づくりのナゾを研究してきた研究者です。トークイベントでは、ナゾの探り方やそこからわかったこと、研究のおもしろさを語っていただきました。
*本記事は、内閣府(みどりの学術賞及び式典担当室)と共催した、みどりの学術賞受賞記念イベントの第二部「遺伝子からさぐる、植物の形づくりのナゾ」についての報告です。
みんなで突然変異体を見てみよう!
植物に突然変異が起きると、その形はどんなふうに変化するのでしょう。このイベントではシロイヌナズナという植物の「突然変異体」をみんなで観察しました。突然変異体とは、遺伝子に突然変異が起きた個体のことです。遺伝子は生きものの形や機能を保ち、子孫にその情報を伝える働きをしています。そのため突然変異体は、自然に存在する個体(以後野生型といいます)と比べて、形や機能で異なる部分があります。岡田さんはシロイヌナズナの突然変異体を長年調べてきました。
観察会では、「植物の形づくりのナゾを研究するということは、突然変異体を調べて野生型の当たり前を考えること」という岡田さんの言葉を念頭に、野生型と突然変異体の違いを探しました。まずはその映像からご覧ください。
皆さん、動画に登場した2種類の突然変異体が野生型とどう違うかはわかりましたか?
花が形成されずピンの先端のようにとがっているのが「pin変異体」の特徴で、花が八重咲なのが「ag変異体」の特徴でした。動画でも岡田さんが補足してくれていましたが、突然変異体の名前が、その突然変異体の特徴を示している場合があります。
例えば、pin変異体はピン(pin)の先端のようにとがっているような特徴が名前の由来になっています。また花が八重咲きになるag変異体ではAgamousという古代ギリシャ語で「目に見える生殖器官がない」という言葉が名前の由来です。これはおしべやめしべという種を作るための生殖器官が花びらになってしまっているという特徴を示しています。
岡田さんによると、突然変異体の命名はその突然変異体を見出した人ができるそうです。そのため、今回のように突然変異体の見た目の特徴が名前の由来になっている場合もあれば、そうでない場合もあるようです。
pin変異体については、過去に岡田さんに取材をしたときのブログで紹介しているのでぜひご覧ください!
植物の形のナゾを探る|科学コミュニケータ―ブログ(https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20220615post-469.html)
花びらが折れ曲がったfop変異体のナゾ
突然変異体の観察会の後で、岡田さんが研究した3種類の突然変異体が紹介されました。今回はそのうち、fop変異体についてご紹介します。
この写真の左側に写っているのがfop変異体です。白い花が特徴的なシロイヌナズナですが、右側の野生型と比べてfop変異体では、おしべとめしべの根本付近で花びらが折れ曲がっていることがわかります。この突然変異体を見出したのは岡田さんたちの研究グループで、名前の由来は”folded petal:折れ曲がった花びら”だそうです。
このfop変異体を調べた結果、野生型では花びらの表面で生成されるワックス(脂質の一種)が生成されないことがわかりました。車や髪の毛につけると光沢感がでるワックス、実は植物の葉の表面にも含まれています。例えばツバキなどの植物の葉っぱが、日の光によってキラキラ見えるのはワックスのおかげです。葉の日光があたる側を覆うワックスによって、葉の水分が蒸発しにくくなったり、微生物の侵入が防がれたりすることが知られています。でも、花びらの表面にワックスができないと、花びらが折れ曲がってしまうのはなぜでしょうか?
つぼみの成長過程を観察することで、ワックスの機能が明らかになった
野生型とfop変異体のそれぞれがつぼみから花に成長する過程を比べてみると、fop変異体ではつぼみが成長するにつれ、花びらが折れ曲がっていく様子がみられたそうです。
画像からは、下側のfop変異体では花びらが成長していく途中で、がく片とおしべの先端にある葯(やく)の隙間を通り抜けられずにひっかかり、上側の野生型のようにまっすぐ伸びることができていないことがわかります。これはfop変異体の花びらの表面にワックスがなかったためです。野生型では花びらの表面のワックスが潤滑油としてはたらくことで、花びらが隙間をうまく通り抜けられています。しかしfop変異体ではワックスがないために、通り抜けられなかったということです。ここからわかる野生型の当たり前は「花びらがうまく成長するためにはワックスが作られることが必要だ」ということでした。
ワックスが生成されなくなることが、花びらがうまく成長できないことにつながるなんてビックリしませんか? わたしはこの研究を知ったとき、突然変異というミクロな変化が花びらの折れ曲がりというマクロな変化につながるおもしろさに興奮しました。岡田さんが関わってこられた突然変異体の研究の中で、わたしが一番好きな研究です。
遺伝子から植物の形づくりのナゾを調べるのはここがおもしろい
最後に岡田さんご自身にとっての、植物を研究するおもしろさを語っていただきました。
「まず遺伝子の機能を解き明かしていく楽しさがあります。そして遺伝子の機能が解き明かされていく過程で、これまでわかっていなかった植物の秘密をどんどん知ることができて、とてもおもしろく感じます。
さらに、植物の形づくりを調べるという意味では、なぜ人間や動物がこういう形をしているかの比較対象としてとらえられるところが興味深いです。ヒトとチンパンジーに共通の祖先がいたように、さらに昔までさかのぼると動物と植物にも共通の祖先がいる。遠い昔に分かれた動物と植物の遺伝子を比べてみると、同じような働きをするものもあれば、まったく異なる働きをするところもある。植物を知ることで、動物や、もっというとヒトである自分自身がどうしてこのような形をしているのだろう? というナゾを考える機会になるという楽しさがあるんです。」
「植物がなぜその形になるか」の秘密がわかっていく楽しさ、という部分は何となくわかるけれど、「自分自身がなんでこんな形をしているのだろうか?」というナゾを考えるうえで植物が比較対象になるという発想にはとても驚きました。自分自身の形のナゾさえも考えさせてくれる植物の形、皆さんもぜひ注目してみてください。
おわりに
今回のイベントで突然変異体の観察するために、理化学研究所バイオリソース研究センターの小林正智さんに植物のサンプルをご提供いただきました。そして、そのサンプルを育てるための種子の提供には龍谷大学の別役重之さんにお世話になりました。また変異アサガオの画像提供では九州大学の仁田坂英二さんにご協力いただきました。
今回のイベントを実施する過程で、植物遺伝学の研究者コミュニティの広さやつながりの深さを感じる機会がとても多かったです。こうした研究者同士のつながりの上にこれまで生み出されてきた研究成果があるという、当たり前だけど普段は気づくことができない科学の営みを実感しました。そして何より研究者コミュニティをつくるうえでご尽力された、トークイベントでは語り切れなかった岡田さんの功績を強く感じました。
動画には、岡田さんの別の研究成果も紹介しております!ぜひ、動画でも岡田さんのトークイベントをご覧ください!
参考
- ブログで紹介した花びらが折れ曲がるfop変異体を研究した論文
Seiji Takeda, Akira Iwasaki, Noritaka Matsumoto, Tomohiro Uemura, Kiyoshi Tatematsu, Kiyotaka Okada, Physical Interaction of Floral Organs Controls Petal Morphogenesis in Arabidopsis,Plant Physiology, Volume 161, Issue 3, March 2013, Pages 1242–1250