科学コミュニケーターの渡邉です。
前回のブログでは、土星の衛星「タイタン」は土星探査機カッシーニが到着するまでは謎に満ちた衛星だったんだ、というところで話が終わってしまいました。
というわけで、お待たせしました!本記事ではいよいよ、カッシーニや着陸機ホイヘンスが見てきたタイタンの素顔をご紹介します!
カッシーニとホイヘンスが見たタイタンの風景
まずは、皆さんがホイヘンスに乗って、タイタンの地面に降りていく様子をイメージしてください。
カッシーニから切り離されたホイヘンスがどんどん地表面に降りていきます。
最初はぼんやりして何も見えませんが...
上空20kmくらいから視界が晴れます。 実はこの高さまで、濃い「もや」が立ち込めています。その影響で地表面が見えなかったのですね。
さらに下へ降りると...
何か山や川らしきものが見えてきました。雲っぽいものもありますね。その姿はまるで地球。
さらに降りていきましょう。すると...?
地面に降りました!まるで地球の砂漠のような風景が広がっています(上の写真左)。乾燥地域という点では同じですが、地面や転がっている石が氷でできているという点で大きく違います。 それにしても、転がっている石を見てみると、角のない丸っこい石で、地球の河原に転がっている石(上の写真の右)とそっくりですね。
地球では、強い水の流れがあると石の角が削られて、丸くなります。でもタイタンはその水が凍るほど冷たい衛星です。ということは、水に代わる他の液体が流れていたのでしょうか?
その正体は...大気にも含まれている「メタン」です。
画像の囲ったところが液体メタンの湖です。 (※この写真は緑色になっていますが、人の目に見えない光で撮った写真を人工的に着色した画像のため、本来の色ではありません。)
この中で光の反射の仕方が違うところがありますよね?これは、太陽の光の反射で、液体の湖が広がっている証拠です。地球の海が太陽の光を反射してキラキラ輝くのと同じ現象です。地球の外でこの現象が見られる天体はタイタン以外には見つかっていません。
そしてその湖は、時間の経過とともに姿を現したり、消したりしています。
上の画像の白い部分がメタンの雲、黒い部分が液体メタンのたまる場所です。 丸で囲った場所に注目すると、2004年にはなかった液体メタンの湖が、1年後に現れています。これは、メタンの雨が降ったからと考えられています。
雨が降って湖や河原のような地形を作る。まるで地球を見ているようです。こんな衛星は他にはありません。でも、タイタンで地球のような気象現象を見られるのはなぜでしょうか?
タイタンではメタンが全球をめぐる!
それは、タイタンの地表面の温度と、メタンの状態が変わる温度が関係しています。
地球の例をまず考えましょう。水が蒸発して雲になったり、雨として降ったり、寒いところでは凍ったりしますよね?これはざっくりと言えば、地球の温度の幅と、水の状態が変わる温度が近いためです。1気圧下で氷の融点は0℃、水の沸点は100℃です。それに対して地球の地表面温度は、おおよそ-50℃から50℃の間をとります。
地球でいうところの水は、タイタンではメタンになります。1気圧下での値になりますが、メタンの融点は-182℃、沸点は-161℃です。(タイタン地表面の大気圧は1.5気圧になりますが、メタンの融点・沸点は大きくは変わりません。)それに対してタイタンの地表面はおよそ-183℃~-180℃。太陽から遠いタイタンの気温は低いのですが、メタンの状態(固体・液体・気体)が変わる温度に近いのです。これが、メタンが雲になったり、雨になったり、氷になって、タイタンに気象をもたらす理由です。
そして、そのメタンの全球のめぐり方も特徴的です。実は、タイタンは地球と同じように自転軸が少し傾いていて、そのおかげで、タイタンにも地球のように季節があるのです。
例えば、タイタンの北半球が冬のとき、南半球では夏となり、白夜のように日が長く暖かくなった南極周辺では液体メタンが多く蒸発し(下の図参照)、メタンの入道雲を作ります。蒸発したメタンの多くは上空を風に運ばれて、反対側の北極に向かいます。そしてメタンの雨が降って湖ができます。風はここで高さと向きを変え、メタンを出し切った乾いた風が大気の下層を南下していきます。夏冬が変わると風の向きも逆転しますが、赤道の地表面に近いところでは、乾いた風が流れます。そのため、ホイヘンスが着陸した場所も含め、赤道付近は乾燥地帯となります。
乾燥地帯とはいえ、ホイヘンスが撮影したような丸い石がそこにあるということは、かつて液体が流れていたということ。これは、春や秋のごく短い間、入道雲が赤道付近へ移動して、激しいメタンの雨が降るためと考えられています。
地球とタイタンの大気循環は、パターンは違いますが、液体が気体になって全球規模で巡るという点では似ているといえます。
ただ、タイタンの1年は地球の29年半なので、季節の移ろいは地球と比べるとゆっくりです。カッシーニは13年間運用を継続して、北半球が冬の時期から春、夏にかけて季節が変化していく様子を無事に捕らえられました。
このようにメタンはタイタンの不思議で魅惑的な景観を作ってきました。しかし、タイタン上のメタンの面白いポイントはそれだけではありません。メタンは炭素と水素からできた有機物ですが、私たち生命を作る物質も有機物です。タイタンの大気や湖で起こっていることを調べると、地球の生命の起源や、宇宙のどこかにいるかもしれない生命に関することがわかってくるかもしれません!
というわけで、次回からはタイタンに生命はいるのか?生命がいるとしたら、それは地球のような生命か?という話をしていきます。請うご期待!
【参考文献】
・Brown, Robert, Jean Pierre Lebreton, and Jack Waite, eds. Titan from Cassini-Huygens. Springer Science & Business Media, 2009.
・Schneider, T., et al. "Polar methane accumulation and rainstorms on Titan from simulations of the methane cycle." Nature 481.7379 (2012): 58.
・関根康人.『土星の衛星タイタンに生命体がいる!「地球外生命」を探す最新研究』.小学館新書,2013.
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今年のお月見は土星の「月」に注目しました!
地球に似た衛星「タイタン」の魅力を探る
【プロローグ】
★【地形と気象編】 この記事
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【生命のエネルギー編】coming soon!
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